台湾の将来

岡崎スピーチ 2005年10月26日 The Taiwan-U.S.-Japan Trilateral Strategic Dialogueにて

岡崎久彦

早くも二〇〇八年の台湾総統選挙は二年半後に迫って来た。

二〇〇四年の選挙の前に私は、これはただの選挙ではない、台湾の民主主義が存続するかどうかの選挙だと書いた。

その時の私の考え方をもう一度申し上げると、それは、台湾の人々が台湾人固有のアイデンティティーを求める傾向は将来にわたって、年毎に、強まることはあっても、弱まることはないだろうと言う想定に基づいている。そうなると、大陸中国に少なくとも一部アイデンティティーを持つ国民党の支持者は毎年減って行くことになる。

この見通しが実際に正しいかどうかは先のことだから解らないとも言える。しかし、国民党がそういう危惧を持つことは確かであろう。もしそういう状況の下で国民党政権が出来た場合、国民党はその四年後に再び国民の信を問う可能性があるであろうか。

そのためには指導者が民主主義について強い信念を持ち、一度得た権力、特権を手放したがらない党員を抑え込む強力な指導力がなければならないが、それは歴史の前例に照らしてみて、ほとんど非現実的と言って良い仮定である。そういうケースを生き延びた民主主義の例はない。

それは台湾に限らない。歴史上どこの国でも最初の民主主義というのは短命なものである。アリストレレスは民主主義は最短命な政治制度であると言っている。

英国の民主主義は数世紀の試行錯誤の結果である。アメリカの民主主義は英国の経験をそのまま活かす恵まれたスタートをきったが、それでも第二代大統領アダムズは民主主義というものは自らを破壊してしまう性質を持つと警告を発している。現に中南米諸国などでは例外なく、初期の民主主義は次に軍事政権とか,独裁政権を経験している。

とすれば、台湾の民主主義も、国民党の下で何らかの形で終止符が打たれることになる。それが心配だったのである。

しかし結果は陳水扁総統が勝ち、台湾の民主主義は現に生き残っている。ただ、残念ながら、二〇〇四年の選挙で全ての決着がついたわけではなかったようである。基本的な状況はまだまだその当時と変らず、私は今また同じことを言わなければならない。

むしろ状況は、より危機的になって来ている。この間何が変化したかと言うと、一番大きいのは中国の脅威の増大である。

中国の脅威は今に始まったことではない。この問題は何度も議論されている。しかし問題なのは、何年かの期間をおいて議論される毎に、前よりも格段にその脅威が増大して来ていることである。

軍事費が十数年にわたって毎年十%以上増大しているというのは歴史の上でもそう例は多くない。一八八五年の日清戦争以後の臥薪嘗胆時代の日本の軍拡はすさまじかったが、あの時はロシアのシベリア鉄道が刻々と東に向かっていた状況で時間との競争だった。一八九七年以降のドイツの建艦も急ピッチであったが、いずれのケースもそのまま戦争に突入した。

むしろ参考になるのは冷戦時代特にキューバ危機で米国の武力の前に後退させられて以降のソ連の軍拡であろう。ただソ連の場合は、もともと欠陥のあったソ連経済が七十年代の二度の石油ショックで救われたとは言え、八十年代には軍拡を支えきれなくなって、結果としては軍拡がソ連自身を崩壊させてしまった。しかし中国経済はまだまだ中国の軍拡を支える力を持っている。

ちなみに、一九九六年の台湾海峡危機の際私の尊敬する某ソ連専門家が「これはキューバ危機ですね」と言っていたのを思い出す。

実は中国の軍拡がテンポを速めるのは台湾海峡危機以降である。中国政府公表の数字で毎年十%成長といっても、インフレを差し引いて本当に十%以上の成長となるのは一九九七年以降である。台湾海峡危機以来、中国が台湾海峡における米国との対決を念頭において、鋭意軍の近代化に努めたことは想像にあまりある。それから八年、そろそろ結果が出だす頃である。

米国の議会報告も指摘しているように、中国の軍事費は、他の国も軍事費に計上しているような費目を加えれば、公表の数字の二,三倍はあると言うのは国際的常識である。それならば日本より多いであろう。

日本の現在の近代的海空軍通常兵力は米国に次ぐ世界第二位の実力を持っている。それは一九八〇年代を通じて毎年五%以上防衛費を増やしてきたことの成果である。もしあの時期に毎年十%以上増やして来ていれば、日本は空母機動部隊を持つことも可能だったと思う。

それだけの経費を中国は何に使っているのだろうか。軍事専門家達はいろいろな推定をしている。しかしそれはあくまでも推定であって、本当の所は解らない。ただ、それが次ぎの台湾海峡危機を想定しての軍備増強であることは疑いないであろう。

冷戦時代私はソ連ウオッチをやったが、その道の先輩から教わったことは、ソ連の公表数字は全てプロパガンダのためであり実質を反映していないということであった。軍事費の内訳などは国家の最高機密であり、予算の公開審議など必要のない共産党独裁政権下では、外部、まして資本主義国に公表する必要など全くないからである。ここでまた、中国も共産主義国家であるという冷戦終結以来忘れていた事実を思い起さされる。

ちなみに中国を国際社会に抱擁する政策の一部として中国との信頼醸成措置がしばしば議論される。軍縮の基礎となるのは、信頼醸成措置であり、その前提は透明性の確保であるが、私は従来東アジアにおいては軍縮は不可能だと指摘してきた。

およそ軍縮には絶対必要な一つの前提がある。それは嘘でもプロパガンダでもよいから、それぞれの国が、自分は平和愛好国であるという建前をとることである。お互いが平和愛好国であり、その軍備は攻撃的でなく防衛的なものであると主張すれば、次の段階は、透明性、即ちお互いの手の内を見せ合って、防衛目的以外にに不必要なものは相互に削減するとか、兵力を引き離すという交渉になる。

しかし中国は台湾解放に武力を放棄しないと言っているし、北朝鮮はソウルを火の海にすると言った。こんな状況で、もし本当に透明性が実現されれば、台湾攻撃のための軍備と作戦を公表することとなる。それに対する台湾の反応は防衛のために必要な態勢を整備することになる。つまりこの場合透明性は軍拡にこそつながれ、軍縮の契機とはならないのである。

中国は、日本などの要請に応えて国防白書を刊行した。その内容はまだ世界各国の白書とはほど遠いものがあるが、日本は透明性への第一歩として歓迎している。しかし、台湾問題がある限り第二歩への期待が満たされることはまずないのであろう。

つまり中国が台湾に対する武力行使を放棄しないかぎり、透明性も、信頼醸成も、軍縮も問題外ということである。

中国の動向で次に気になるのは、反国家分裂法を制定したことである。

その中には、平和統一の可能性が完全に失われた場合は、国は非平和的手段やその他必要な措置をとらねばならない、と書いてある。つまり武力行使が国の義務となっている。そして何時平和統一の可能性が失われたかの判断は一方的に中国側がすることになる。

かりに、もしその可能性を測る尺度が台湾の民意であるとすれば、現在台湾では独立支持と現状維持支持が圧倒的多数で、統一支持が多数を占める可能性は将来ともゼロに等しい。これを考えると、既に武力行使の条件は整っているということになる。

反国家分裂法の問題点はそれが戦争の早期警戒を困難にしていることである。一般的には、戦争というものは、緊張が徐々に高まって、最後に最後通牒に到る。しかし反国家分裂法施行以後は、中国側の判断次第で、既に最後通牒が出ていると同じ状態になっていると言える。

更にもう一つ気になるのは、最近中国政府が、国民党系の野党代表に対して次々と招待外交を行い、共同声明に合意したりしながら、台湾で民主的に選出された台湾代表である陳水扁総統を無視していることである。

以上を総合して考えると、今後台湾は、中国が、米国の介入を排して、あるいは米国の介入前に台湾を武力で制圧することを念頭に置いて十年近く営々として築いた軍事力を、何の予告もなしに行使してくる可能性、あるいは、国民党系の野党の支持をあてにして脅迫に使ってくる可能性の中に、常に生きて行かねばならない、ということである。

もし武力制圧されるか、脅迫に屈すれば、もう台湾の民主主義は存在しなくなる。香港と同じ一国二制度ならば民主主義は保護されるというかもしれない。しかしそれもたった五十年の期限付きである。民族の歴史にとって五十年はあっという間に過ぎてしまう。そんな短い期間の民主主義などは単に一党独裁への過渡期間に過ぎない。

またそれ以前の段階でも、現在の香港が真の民主主義かという問題もある。本当の民主主義を知っている日本人、そしてもちろんアメリカ人にとって、現在の香港のような民主主義の下で暮らしたいなどとは誰一人思うはずもない。他国の意向に逆らえない政府など、とうてい民意を代表していると言えないからである。我々はいやだけれども台湾の人はそれで我慢しろなどととうてい言い得べくもない。

こう考えて来ると、台湾の民主主義を守るためには、今後とも、いざと言う時に、中国の意向に迎合しない勢力、中国の脅迫に屈しない勢力が政権を維持することが望ましいということになる。

中国の圧力は、予告期間がなく、その手段が不透明であると言う条件の下で、ありとあらゆる形を想定しなければならない。最悪の場合には、米国の議会報告が指摘しているように、高度電磁波攻撃や、コンピューター網への攻撃と、潜入していた特殊部隊の攻撃による混乱のなかでの政治的軍事的圧力の形を取るかもしれない。それに対抗するためには、もとより指導部と国民との間の通信連絡の確保が必要であるが、それ以前に、脅迫や、流言に惑わされない、強固な意志を持つ政府が必要である。少しでも中国に迎合的な要素を持つ政府ではこうした圧力に対抗できないであろう。そこで迎合すれば、それは台湾の民主主義の死を意味する。

それならば何時になったらば台湾の民主主義は安定するのだろうか。それは台湾の人の圧倒的多数が、台湾人としてのアイデンティティーの意識を確立して、台湾の将来を決めるのは台湾人しかないと思うようになった時である。

そうなった時は、おそらく台湾の政治は、現状維持派と独立推進派との二大勢力、あるいは二大政党の対立の形となるのであろう。

これは一見現在の民進党と国民党の対立と似た形であるが、本質は異なる。

それは両者の間に台湾人の将来は台湾人が決めると言う基本的合意が存在するからである。また、それは一般的に言って、人民が自らの将来を決めるという民主主義の基本的前提でもある。

その場合現状維持派といえども、条件が全て揃えば独立に反対なわけではなく、周囲を取り巻く国際関係の現実から見て、現状維持が最も賢明な政策と考えていることだけが独立派と違うということになるわけである。

それならば二大政党の交代は可能となる。それでも現状維持派にとって、一たん政権を独立派に譲り渡せば独立宣言をされて、それでおしまいだという点では同じではないか、という議論も有り得る。しかしもうそこまで行けば、独立宣言をするかどうかは、最早重大な争点ではなくなっているのであろう。

独立派といえども、国際社会、とくにアメリカと日本の支持が不確かな状況で独立宣言に向かっても意味がないことは知っている。現状でも独立しているではないかと言う論理はよく使われている。それよりも、台湾の将来は、台湾人が決めるという点でコンセンサスがあるのだから、正式に独立を言うかどうかは、もはや言わば技術的な問題に過ぎなくなってしまう。

そしてその時こそ、独立であっても、そうでなくても、台湾人の意思が国際的に尊重される時が来るのであろう

アメリカは民主主義の国であり世論の国である。台湾のような政治経済社会制度も整っている立派な国の国民の圧倒的多数が本土からの分離を希望していることが明らかとなったときは、これをアメリカの世論と議会が支持しないということは有り得ない。現在のように各種選挙の結果がフィフティー・フィフティーということでは、現在のアメリカの態度は当然ともいえる。

そして一たんアメリカの議会が台湾の民意を尊重すると決めれば、それまで行政府が中国とのコミュニケで合意してきたなどは

一片の紙切れでしかなくなる。

 結局は台湾の人々の圧倒的多数が、台湾人としてのアイデンティティーに確固たる自信と信念を持った時、内政も外交も全てが解決することとなるのである。



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