新政権をチャンスでありチャレンジとみよ

(産経新聞「正論」2000年12月21日掲載)

岡崎久彦

森内閣は失望を与えない対応を

<疑似デタントという時代>

とうとうブッシュ政権が成立した。

ブッシュ政権には知日派が多いと期待されている。それは事実である。しかし、それは民主党の方が日本に冷たいというようなことでなく、歴史的背景があるのである。

クリントン政権の要人の多くはその十二年前のカーター政権から引き継がれた。たとえば最初の国務長官クリストファー、国防長官ペリーはそれぞれ、カーター政権の 次官だった。

カーター時代、一九七六〜八〇年は、疑似デタント時代とも言うべき奇妙な時期である。七五年にサイゴンが陥落し、カンボジア、ラオスも相次いで共産側の手に陥り 、アメリカはもう介入の意志を失っていた。欧州では全欧安保会議が開かれ、全くのデタント・ムードにひたっていた。その間ソ連の大軍拡は着々と進んだが、アフガン侵入で、八〇年になってカーター政権自身それまでの誤りを認めて百八十度方向転換するまでは疑似デタントに酔いしれていた時代だった。

カーター時代の人々がカムバックしたのは今度は冷戦も湾岸戦争も終った九二年だった。つまり、国際政治の最も基礎的な構造である国家間の力関係にまで立ち入って 物を考えなくてすんだ時代に政権を担当した人々である。

そういう人達は、つい、力関係の基礎である軍事同盟の重要性を見失いがちである 。カーター政権は在韓米軍の撤退という、今から思えば信じられない主張をしたし、クリントン政権初期の対日経済交渉は日米同盟の基礎を揺るがしかねないものだった。

<同盟関係の重要性>

それに対して、レーガン、ブッシュの十二年間は、西側同盟がソ連の軍事的脅威に対して生存を賭けて結束して冷戦を戦い抜き、遂に勝利を収めた時期である。その間 のレーガン・中曽根の協力は極東における西側の防衛態勢を革命的に変え、冷戦勝利の一因をなしたと言って過言でない。そして、この間安全保障問題に関与したアメリカ側は、軍人、文官を問わず皆、日本の戦略的価値、日米同盟の重要性を深く認識し、日本政府と国民に対して信頼感を持っていると言って良い。

今回はそういう人達が政権に戻って来るのである。平時には同盟関係の重要性は表面には見えないけれども、すべての国際関係の底には力の関係があり、それを支える のは同盟関係だという事を認識している人々である。

ブッシュ政権成立の前から発表された諸論文、――二〇〇〇年初期のフォーリン・アフェアーズのライス、ゼーリック論文、選挙の一ヶ月前のいわゆるアーミテージ ・リポート(INSS特別リポート)、一二月一日のリンゼー講演などを見ると、極東の政治において、中国は体制の異なる国であり、日本こそ同盟国であるという立場を明確に打ち出している。

そして具体案として、アーミテージ報告は日米情報協力を提案し、リンゼー講演は日本の財政再建を助けるため、日本の対米輸出増大、対米投資増大、為替の安定のための日米協力を提案している。アーミテージ報告は更に進んで、責任分担のより平等な日米関係、集団的自衛権の行使の問題まで論じている。

<姑息な態度は通用しない>

これは日本にとってチャンスであり、チャレンジである。日本に対する期待が高ければその分だけ、日本からはかばかしい反応が来ない場合の挫折と失望は大きい。

過去においてアメリカ側からこのような積極的、好意的提案があった場合の日本の対応は、従来の国会答弁の立場を守るだけに汲々とする姑息な態度で、かえって逆効 果を招くことが多かった。最悪の場合は、アメリカ政府に裏から泣きついて、これはアメリカの公式立場ではないと言わせて、発言者を挫折させつつその場を凌ぐこともあった。

公式に言えないからこそ個人名のリポートの形で知日派の真の意図を日本に伝えようとしているのではないか。当面の政策に反映させられるかどうかは別として、「真 の友人の忠告として有り難く受け取る」と発言するだけで、ずい分違う。それはまた人間の礼儀として当然の事であると思う。

これから半年位が大事な時期である。それはまさに森内閣の課題である。

森内閣は、好むと好まざるとにかかわらず、ブッシュ新政権に日本に対する失望、挫折感を与えないという、大きな責任に直面しているわけである。ことは国益に関 することであり、全国民的課題でもある。

ゴアは敗北宣言の中で、失望を表明しつつも、それを国家への愛で克服すべきことと説き、米国民に対して、新大統領の背後に結束するよう訴えた。日本では、森内閣 不信任案決議の否決後、政権内部から、「これは信任を意味しない」旨の発言も飛び出して、外国の評論が理解不可解として唖然とする状況である。

これはあまりにも情けない。日米関係を再構築して、二十一世紀の日本の安全と繁栄を安定軌道に乗せる可能性を秘めている、このまたとない機会である。個人的な好 き嫌い、党争、派閥争いなどを超えて、米国側の善意のイニシアテイブに正面から回答できるよう国民的関心を持って、森内閣の背中を押すべきである。敗北宣言で、ゴアも言っている。「党より国家だ」と。


トップへ

ホームへ

To Home (English)