「台湾若者世代の安保感に懸念」

日本経済新聞「シンクタンクの視線」
2000年11月18日

小川 彰
(岡崎研究所主任研究員)

中台戦争の想定のひとつに、中国軍が西海岸から上陸して、台北を占領するシナリ オがある。この西海岸からの上陸には、容易だという説と、困難だという説がある。

そこで、先月、現場に行ってみた。台湾の海岸線は台北から台南まで三百キロ。一 日がかりの視察だが、はるか沖までの遠浅だ。台湾側が浅瀬に機雷をばら撒けば中国 側に大被害がでる。沖合で大型船から小船に乗り換える間に飛行機で攻撃すれば、中 国船はひとたまりもない。同行した山本誠・元海上自衛隊自衛艦隊司令官は現場を見 て「台湾側に制空権がある限り、上陸は全く不可能」と断言した。

東海岸はどうか。台湾の生命線を握る基隆港などは、が深いから、機雷は水深が浅 くないと働かない機雷はさほどこわくない。つまり、中国軍による台湾上陸や海上封 鎖作戦は、純軍事的に不可能だから、台湾人が「参りました」と言わない限り、台湾 はこの戦争には負けない。

だが台湾の若い世代は、こういう事実には関心がない。台湾空軍がどれほど強力か を知らないから、「中国が攻めてきたらどうする」と質問されると、「外国に逃げ る」と答えてしまう。そういう声がメディアで台湾中にあふれている。では、なぜ無関心なのか?

年配者は台湾当局が大陸反攻政策を放棄して以来、「戦争は起こらない」と誰もが 考えるようになったからだという。そういえば、最前線の防衛基地だった金門島は 今、リゾート地に変身している。

紛争が、当事者双方の思わぬ誤解で起こる可能性を考えると、台湾の若い世代の軍 事音痴が、中国を挑発せぬかと心配になる。陳水扁総統は、多くの点で李登輝前総統 の政策を継承したようだが、安全保障教育についてはどのように考えているのだろうか?(終)


掲載原稿の背景と若干の解説

10月15日から20日まで、山本誠元提督、川村純彦元提督、佐藤守元空将と私の計4名で台湾の西海岸を視察、台湾の軍事関係者、学者と意見交換をして参りました。このコラムは、その折の発見や印象から書かれたものです。

 コラムの中に、台湾側が制空権を失わず、「参りました」と言わない限り、台湾は 中台戦争に負けることはないという情勢判断が紹介されていますが、これは、われわ れ全員が現地調査を踏まえて共有するところの純軍事的観点からの判断です。

 しかし、台湾の若者と話していますと、いま、彼らは、金儲けに忙しく、軍事問題 に関心がありません。「総統選挙でも投票に行かなかった」という人が多く、「戦え ば、台湾は国を守れるのだ」ということを意外と知らない人がおおいのです。ですか ら、マスコミなどが報道する「中国軍の影」にすっかり怯えており、わたしたちが、 「戦争になったらどうする?」と聞くと、「アメリカに逃げる」とか「日本に逃げ る」という短絡的な反応が返ってくるのです。「中国が攻めてきたらどうする?」という点について真剣に考えたことがないので、「自分たちの価値観や、生活を守るために戦う」という発想が出てこずに、「勝ち目がなさそうだから、とにかく逃げる」と考えるのです。

 「高雄、基隆の両港などは、潜水艦に機雷を撒かれて封鎖されてしまうから、台湾 はすぐに干上がってしまう」という悲観論もあちこちで聞かされました。このような 悲観論の裏付けとして、台湾の石油の備蓄がわずかだという事実があります。マスコ ミなどが、潜水艦による海上封鎖の可能性を過大評価して報道するので、一般市民 が、怯えているのです。

 コラムでは、さらっと書きましたが、台湾空軍は強力ですから、高雄、基隆の両港 に中国側が航空機により機雷を機雷を撒くことはできないでしょう。そこで、「中国 が潜水艦を使って、機雷を敷設する」というシナリオがでてくるわけですが、中国側 の潜水艦による機雷敷設がそれほど恐ろしいものでないという理由を説明すると、次 のとおりです。

1)中国側の潜水艦がおおむね旧式であるため、ノイズが大きく、台湾側に発見されやすい

2)潜水艦に積める機雷の数が限られている

3)一回機雷を敷設すると、その海域は危険なため、次の潜水艦が入れなくなる

4)機雷が働くのは、水深100-200メートルまでが限度ですが、港の沖がぐっと深 いので、機雷を撒ける海域が限られている

5)限られた海域で掃海すればよいので、台湾側に有利、さらに、航路帯だけを掃海すればよいという点も指摘したい

6)高雄、基隆などは、国際的なハブ港になっているので、中国側が封鎖すると国際社会の反発を招く

 台湾のマスコミが流布している軍事情報は、中国側による機雷封鎖の恐ろしさを煽 るセンセーショナルなものが多く、専門家の立場からみると、問題があると思いまし た。

 日本の経済界にも、中台紛争で、高雄、基隆などの国際的なハブ港が、中国側に よって容易に封鎖されると考える向きがあるようなので、そういうことはないという ことを、このさい指摘しておきました。

 西海岸視察について: わたしたちは、早朝台北から海岸へ向いました。新竹(しんちく)のハイテク・サイエンス・パークを見学したのち、海岸に出ました。その後、海岸線にそって南下。台中で昼食をとり、台南で夜になり、高雄市に泊まりました。台湾は、九州とおなじぐらいの広さの島です。新竹から台南までは、海水浴場も多く、見渡す限り、沖合いまで遠浅です。もともと、台湾海峡は幅80キロほどですが、水深が浅く、一番深いところでも100メートルないのです。仮に中国が海峡を船でわたってくる場合には、大型船で大陸を出ますが、台湾の海岸に接近したことろで、上陸用の小船に乗り換えなければならないでしょう。

 コラムでは、西海岸について、「台湾側が浅瀬に機雷をばら撒けば中国側に大被害 がでる」と書きましたが、これは、いざという時になったら、簡単なセンサーをつけ た機雷を輸送機に山ほど積んで海岸沿いを飛行させ、輸送機の後部のドアを開けて、 機雷をばらばらと遠浅の海岸沿いにばら撒くという作戦のことを話しているのです。 「上陸してくるなら、浅瀬に機雷をばら撒きますよ」という意思表示をすることは、 紛争への抑止力として働くと思います。

 機雷は、海の中に活ける地雷のことです。金属性の船が接近するとセンサーがつい ていて爆発するというのが一般的な機雷です。日本は湾岸戦争が終わってから、海上 自衛隊の掃海部隊をペルシャ湾に派遣して、湾岸戦争の戦後処理に貢献しました。最 近はハイテク機雷も盛んに開発されており、大きな船には反応するが、小さな船には 反応しない機雷など、掃海艇に発見されないためにさまざまな工夫がなされています。

 半世紀前の話ですが、瀬戸内海などに日本海軍や米軍が敷設した機雷を除去するた めに旧海軍の掃海艇が活躍しました。日本の掃海技術は戦前から世界一といわれてい ましたが、戦後も、日本周辺の機雷除去などを通じて世界一流の水準を維持してきた わけです。

 このコラムに登場する山本元司令官は、いま台北にいっておられます。19日に、台 湾のある団体が主催する安全保障フォーラムで、若い人たちにむけて、「あなたがた が、台湾を守る気になれば、台湾は守れますよ」という話をなさることになっていま す。

 講演会を主催する団体は、黄昭堂国策顧問が主宰する「アジア安保論壇」ですが、 この団体は、年に数回、日本から有識者を招き、啓蒙的な講演を企画しています。

 台北に出発される前に、山本さんに電話しました。このコラムに、お名前とご発言 を引用する許可をとるために電話したのですが、山本さんは、台北での講演では、台 湾の若い人達に、「あなたがたは、どう考えますか?やっぱり、逃げますか?」と問 いかけて見るよと言っておられました。西海岸巡視の話も交えて講演なさると思いま すが、「逃げる、逃げないは、あんたがたが決めればいいことだけども、台湾側に制 空権がある限りは、逃げないで戦えば台湾を守れるという軍事的な事実も知っておい たほうがいいんじゃないですか」というスタンスでお話されるものと思っています。

 わたしたちは、台湾の若い世代が、国防への無関心・無智を卒業して、「中国に攻 められたら逃げる」などど言わなくなれば、中国に対しては抑止として働くと思いま すし、台湾にとっては、士気昂揚になると思います。アメリカにとっては、注意喚起 になることでしょう。とくに最後の点はとても重要だと思います。アメリカの議会も 世論も、自分の国を守ろうという気概のない国民のために、米兵の血を流そうとは思 わないからです。

 わたしたちは、10月の台湾視察を総括して、台湾の若い世代が、安全保障の現実に 眼を開くことが、中台間の安定に寄与するものと考えています。(文責:11月18日小川 彰)


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