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ここでもう一度ブッシュ政権の北朝鮮政策を振り返ってみたい。
ブッシュ政権の当初の政策は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼ぶことであり、北朝鮮をまともに相手にしない、ということ、つまり、その政策の究極的な前提はその崩壊を待つということであった。
2002年の米朝「枠組み合意」の廃棄もその帰結ということになる。
もっとも、北朝鮮側としては原爆製造技術が完成したので、もともと何時(いつ)までも凍結を続ける意思はなく、ウラン濃縮を認めたのも、合意の打ち切り覚悟だったという観測もあり得る。
ブッシュ政権の当初の政策を一貫させるならば、制裁を強化し、その崩壊を早め、あるいは、崩壊しなくても窮境に追い込んで譲歩を迫るという政策がスジである。現に、2006年の核実験の後の日米の制裁は相当な打撃を与えたようである。
他面、実際に起こったことは、北朝鮮は崩壊せず、北朝鮮が寧辺の原子炉を4年間再稼働してプルトニウムを蓄積し、核実験に至ったことであった。
ここでクリントン時代のステータス・クオ・アンテ(原状)に戻ろうというのが、はっきり言って現在のライス米国務長官の政策と考えて良いと思う。
ただアメリカの政治事情では、民主党時代の政策に戻るとは言えないので、今回の交渉は「核全廃への一歩」であるところが違うなどと言っているが、ライス長官本人も含めて誰もそんなことは実現するとは考えていないであろう。現に、あの甘い検証条件では、ウラン濃縮や既存核物質、核兵器の査察などについては、これ以上の進展は諦(あきら)めたと同じである。
枠組み合意に戻るということ自体は悪いアイデアではない。ただ、ライス長官による政策の進め方に問題があったのは、一つは、核実験後の日米の制裁の効果をもうしばらく見極めるべきであったのに、追い詰められた北朝鮮の動きに過早に飛びついたということである。
◆「枠組み合意」の轍踏むな
もう一つは、交渉があまりにも拙劣だったことである。クリントン政権が、重油の供給と軽水炉の建設だけで得た7年間の運転凍結に対し、偽札造りを見逃し、それで儲(もう)けた金を返してやり、同盟国日本の信頼を裏切ってテロ支援国指定解除までするという対価を与え、その結果、せいぜい半年ぐらいしか効果の無い無能力化を得ようとしているに過ぎない。
枠組み合意の場合は、合意に違反して寧辺の施設を稼働させれば、石油供給と軽水炉建設が止まるという仕組みが北朝鮮の合意順守を保証していた。
しかし、今回の合意は施設を再稼働させない保証がない。やがて、追加の恩恵を与えないかぎり、何らかの最低の口実の下に、再稼働させるのはほとんど確実と考えられる。
そして三つ目は軍縮と不可分の一体であるべき査察を軽視したことである。
しかし過大な対価ではあったが、もう与えてしまったものは仕方がない。既往は咎(とが)めずという言葉もある。今となっては、たった半年ぐらいの効果しかない無能力化でも、無いよりましと考えるしかないということである。
そして、今後北朝鮮にすべての核活動の検証を迫るために最大限の努力をするしかないが、それも先に梃子(てこ)を放棄してしまっているので、どこまで北朝鮮が譲歩するかは、わからない。
既往は咎めずと言っても、そこから教訓を学ぶことは出来る。拉致事件を抱えている日本にとっての最大の教訓は、北朝鮮のサラミ戦術(サラミ・ソーセージを薄切りにするように、一段階ごとに相手の譲歩を要求すること)によって少しずつ、見返りほとんどなしで、譲歩を取られた米朝交渉の轍(てつ)を踏まないことである。
日本は拉致事件が解決するまで、一切の経済援助はしないという方針を堅持している。これは日本外交にかつてなかったバック・ボーンを与えている。これがなかったならば、日本は事あるごとにタカられっぱなしだったであろう。
拉致事件をすべて解決して日本と平和条約を結んだ場合、北朝鮮が得られる報酬は今までのサラミ戦術でアメリカから掠(かす)め取った報酬とは桁(けた)が全く違うものである。北朝鮮としては、拉致問題を解決する十分なモチベーション(動機付け)がある。日本としてはそれまではサラミの切り取りを許さなければ良いのである。あるいは、米国も、これを日米同盟共通のアセット(財産)と認識して、核と拉致両方の完全解決のために積極的に利用し、それまでは日本にケチな要求をしなければ良い。
もう一つの教訓は、同盟国との協議の必要についてアメリカに繰り返し念を押すことの重要性である。
もし6か国協議を多数国間機構に発展させようというような構想が提示された場合は、まずすべての議題について同盟国との事前協議を行うことを最低の前提条件とすべきであろう。今回の日本が置かれた苦境でアメリカもその重要性は分かったであろう。その意味でアメリカも教訓を得た、あるいは得るべきである。
そして今後の最優先課題は、既に核保有国となってしまった北朝鮮に如何(いか)なる軍事戦略で対処するか、これこそ6か国協議でなく、米国が日韓という同盟国と真剣に協議し取り組むべき問題である。
◇岡崎久彦氏 1930年、中国大連生まれ。駐米公使、駐サウジアラビア、駐タイ大使などを歴任。現在、岡崎研究所長。
写真=岡崎久彦氏
もっとも米大統領選の結果が気になるのは日本だけではないようである。ショーンフェルドという米国の評論家によれば、パレスチナの過激派ハマスの指導者は「オバマ(民主党)の選出を希望する」と明言し、ロシアのメドベージェフ大統領も、プーチン首相の側近も、「マケイン(共和党)は最悪、オバマが最善のチョイス」と言っている由である。チャベス・ベネズエラ大統領はマケイン氏を「戦争屋」と言って批判し、イランの公共テレビのドラマの中で、イラン転覆を図る悪役の名は「ジョン・マケイン」の由である。
今回の日本の政、財、言論界の反応は異色である。
従来日本のインテリの間では、民主党候補を支持するのは、リベラル、進歩的、共和党候補支持は、保守的のイメージがあり、選挙ごとに日本のいわゆる知識人は民主党候補支持であった。
それが今回私に質問してきた知識層の人々は民主党政権の出現を危惧(きぐ)している。
その最大の理由は、クリントン時代初期、1990年代前半の、今から客観的に見ても無理無体な、日本たたきの記憶がまだ残っていることにある。今でも財界のような元来親米保守のはずのサークルでも対米警戒心が強いのはあの時の後遺症である。
もう一つは、米国政府のアジア政策を決定するホワイトハウス、国務省の東アジア担当者が、クリントン時代はほとんど排他的に中国専門家であり、ブッシュ政権第1期のアーミテージ氏以下親日派で固められていた時期と対照をなしていたことである。
一般的に、――たとえばインドの外務省なども同じらしい――中国語専門家は親中国的になる傾向が強く、中国の影響力が10年前より格段に増大したこの時期において、民主党政権の政策の対中傾斜が危惧されるのである。
しかし私は共和党、民主党で、対日政策はあまり変わらないのではないかと思う。
共和党になっても、アーミテージ氏のグループが前のように政権に戻るかどうか分からない状況であるし、元老格のキッシンジャー、スコウクロフト両氏はどちらかと言えば中国に好意的である。
また、民主党になっても、ソ連崩壊後、日本の経済的脅威が主敵と思われた90年代初頭当時とは時代が全く違うし、日米同盟の重要さの認識は当時より強い。予備選挙中ホルブルック氏(ヒラリー・クリントン氏の外交顧問)は日米同盟が基軸であると明言した。
◆同盟安定化が肝要
6か国協議を通じて実質上すべてを米中の対話で決め、東アジアの米中コンドミニアム(共同管理)の意図を疑われた国務省も、最近は、多数国間協議の重要性に触れる場合、必ず従来の同盟が基礎であることを再確認している。
しかも日本の場合は何と言ってもペンタゴン(米国防総省)が頼りになる。
1995年2月、経済摩擦が最悪の時期、日本を救ったのは、「経済摩擦は同盟の基礎を揺るがしてはならない」と明記した国防総省報告であった。それを読んだホワイトハウスの高官が「そんなことを言うと日本に言うことを聞かせる最大の梃子(てこ)がなくなるではないか」と言ったと伝えられたのを思うにつけ、もしあのときにペンタゴンの介入が無ければ、と背筋が寒くなる。
冷戦中ソ連の脅威の最後の時期である1980年代、米国が同盟諸国に協力を呼びかけた時、日本は、それまで不十分であった故もあるが、率先して協力し、ついに極東における東西の軍事バランスを逆転させた。この、ジム・アワー氏(米元国防総省日本部長)に言わせればヒドゥン(隠れた)・サクセス・ストーリーを現出させて以来の相互信頼関係がその基礎にあったのである。
日米同盟関係は、今後米国にどんな政権が出来ようとも、――同盟が軍事同盟である以上当たり前のことであるが――軍事信頼関係の基礎がしっかりしていれば、どんな危機でも凌(しの)げると思う。
そのためには常に信頼関係の維持強化が必要である。最近「思いやり予算」について「いつまでやるのだ」という打ち切り論もあるようである。しかし私が防衛庁(現防衛省)にいたその当時から、日本の防衛費は対国内総生産比1%を超えず、集団的自衛権の行使も出来ず、アメリカにおんぶしたままなのだから、せめて駐留米軍の生活の面倒ぐらいは、という考え方が根底にあった。
それは大成功であり、その後米国要人が日米同盟に触れるとき必ずこの「寛大な」支援に言及している。それを「いつまで」と言われても、その後30年たった今、その条件が変わったかというと、残念ながら、少しも変わっていない。防衛負担の少ない点は今でもシーファー駐日大使はしばしば指摘している。
集団的自衛権の問題は、とくに近年具体的な必要が次々生まれ、米国は、内政干渉と言われるのを避けて表面からは言って来ないが、裏では切望の念を隠していない。
2006年北朝鮮がミサイルを何発も撃ったとき、アメリカのイージス艦は日本海でそれを追尾していた。イージス艦はミサイル追尾で精一杯であるから、それを日本の自衛隊が海空で護衛するのは当然であるが、日本はそれが出来なかった。
また昨年は、日本のイージス艦「こんごう」がミサイルの迎撃に成功し、ミサイル防衛は現実の話となった。他方日本は沖縄の負担を減らすためと言って海兵隊のグアム移転を支持している。本来日本を守るためである海兵隊――それはグアムでも、ハワイでも、米西海岸でも畢竟(ひっきょう)は同じである――向けに北朝鮮がミサイルを発射した場合、日本が撃ち落とせないのはなんとも説明がつかない。
こんな話を知っているのは米国でも少数の専門家だけである。これを米議会、一般国民が取り上げたらば日米同盟はどうなるか。
それこそは今度の選挙で民主党が勝つかどうかなどと比較にならない、日米同盟の危機である。
集団的自衛権の解決は焦眉(しょうび)の急である。
◇岡崎久彦氏 1930年、中国大連生まれ。駐米公使、駐サウジアラビア、駐タイ大使などを歴任。現在、岡崎研究所長。
【地球を読む】集団的自衛権 政治氷河期が来る前に
2008.2.17
日本の政治は先行きが見えない。
敢えて先行きを論じれば、可能性を列挙するしかない。つまり、次の総選挙で自民党が勝つが3分の2の絶対多数がなくてネジレ現象が続くか、民主党が勝って政権担当能力に不安がある民主政権が出来るか、大連立が出来るか、あるいは、政界再編が起きるか、のどれかであろうとしか言いようがない。
しばらく様子を見るしかないというのが政治の玄人の態度であろうが、私はもっと急を要する事態ではないかと心配している。
今の事態は、占領時代の憲法制定に際して、米側は一院制を主張し、日本側はチェック機能のある任命制の上院を主張して米側も一たん同意したが、今度は極東委員会のソ連などがその民選を主張し、結果として、衆議院と重複する強い権限を持ちながら、6年任期で、政府側には解散権がないという、奇妙な現在の参議院を作ってしまって以来内在する問題が、参院選の自民党惨敗のために顕在化したものであり、短期間で解決できるものではない。
憲法改正すれば良いと言っても通常の法律さえロクに通らない現状では容易に改正できない。政党人の意識改革で国家の重要な事項については超党派の合意ができれば良いが、テロ特措法の審議状況から見ればそれも望めない。
最悪の事態を予想すれば、経済に「失われた10年」があったように、日本の政治外交にも「失われた10年」が訪れる恐れがある。
その10年と言えば、中国がアジアにおいても米国においても確実に影響力を増して、国際政治の力関係の再編が行われる時期であり、日本だけが取り残されて行って、ちょうど経済の「失われた10年」のあと、前と比較にならないほど矮小となった日本を発見したのと同じようになることも予想される。
そうなると問題はむしろ短期的である。氷河期が訪れる前に何をしておかねばならないか、ということである。
幸い小泉総理が遺した遺産として衆議院与党3分の2の多数がある。現行憲法の欠陥を補う唯一の方法として制定された制度であり、将来同じ状態が起こる可能性はほとんどないのだから、今こそこれを重用すべきである。
日本国民の安全と繁栄を維持増進するという目的から見て、何が大事かと言えば、日米関係の強化が、他と較べて圧倒的に重要なことは言うを俟たない。それは福田総理の施政方針演説でも明らかにしている。これさえしておけば、外側の壁はしっかりしているわけであるから、内部の10年の混乱は耐えられる。
◆原則の承認、首相は決断を
福田総理はテロ特措法を通して、日米関係の第一の関門は突破した。しかし米主要紙は社説でコメントしなかった。取り上げるまでもない当然のことということか、あるいは日本に対する関心が低下したことを示す一現象か、おそらくはその両方であったろう。
わずかにウォール・ストリート・ジャーナルが、社説欄でない評論欄で、福田内閣にエールを送って来た。
「日本は戦線に復帰した。これは米国の最も確固たる同盟国が国際安全保障により大きな役割を果たそうとする意欲を失っていないことを意味する」と言った上で、「日本は、小泉、安倍政権の下で、自国の防衛と国際安全保障により大きい役割を引き受けようとした。福田総理が先任者のビジョンを復活させるかどうかは、まだ分からないが、今回の表決を見ると、福田総理は、何が大事かということを理解しているようである」と結んでいる。
これを見るだけでアメリカの有識者、少なくとも日本を無視しまいとしている人々の望む所は明らかである。国際安全保障、日米同盟強化により大きい役割を引き受けるという意欲を日本が持つことである。そして、最も重要なのは集団的自衛権の行使である。
それは実は日本の暗黙の公約でもある。昨年春の安倍総理訪米の際アメリカ側が最も歓迎し、かつ、期待したのは、日本による集団的自衛権問題の解決であった。
もとより、アメリカは、憲法改正、あるいは集団的自衛権の解釈については一貫して、「それは日本がお決めになることです」といって、内政干渉とか米国の圧力とか言われることを絶対に避けてきた。
しかし、あの時期の後暫く、私が会った全てのアメリカの識者たちは、日本はいよいよ集団的自衛権の問題に正面から取り組むのですね、と誰もが顔を輝かせていた。そして訪米早々、国会開会中から、集団的自衛権見直しの作業が始まった。そしてその作業の最終回と予想された9月15日の会合の3日前に安倍総理が病に倒れられた。
アメリカが期待するのは当然であることは、見直し作業の4分類のうち最初の二つの例を挙げるだけで分かる。
2006年夏、北朝鮮はミサイル発射したがそれが日本に向けられている恐れもあった。米海軍はイージス艦を日本海に配備した。イージス艦はミサイルの追尾で手一杯であるから、誰かがそれを北朝鮮の攻撃から守らねばならない。しかし日本の海・空の自衛隊はそれを守るのは集団的自衛権の行使になるので守ってはいけなかった。
第2分類はもっと酷い。北朝鮮が日本列島の方向にミサイルを撃ち出した場合、それが日本の頭を越えてグアムやホノルル、あるいは太平洋上の米軍基地、艦船に向かう場合は撃ち落とすと集団的自衛権の行使となるので出来ないというのである。しかも、グアムとハワイは日本を守るための基地の役割も果たしているのである。
こんなことは読者の大部分もご存じないと思う。アメリカ人一般も知らない。もしそれをアメリカの一般人が知ったらと思うと、日本の安全の将来を考えて背筋が寒くなる。
実はこの報告は既に出来ている。おそらくどんな国際法学者、憲法学者も正面から反論できない緻密(ちみつ)な座長説明が首相官邸のホーム・ページで見られる。後はまとめるだけである。
この種の問題は、60年安保改定後の懸案でありながら岸総理が中途で退陣され、福田赳夫総理が第2期にこそは、と期待されながら「ヘンな天の声」で退陣を余儀なくされて以来の懸案である。福田康夫総理は任期一杯続けて頂きたい。そしてそれぞれ志半ばにして、無念の中に達成できなかった父祖の事業を完成して頂きたい。
まずは原則の承認、これはすぐでも出来る。それは一般法の指導原則ともなろう。ついで自衛隊法の数行の手直しであるが、それは3分の2の多数があれば出来る。
福田総理が話し合いで物事を「上手にやる」能力をお持ちのことは良く知っている。しかし今回は時間が無い。今は官房長官でなく総理なのだから、決断力を以って、氷河時代に備える措置を後世に遺されることを期待する。
