2007年8月アーカイブ


 ■テロ対策特措法で対応を誤るな

 ■二大政党時代へ民主は責任政党たれ

 ≪変化した東アジア情勢≫

 安倍改造政権がなにはともあれ、真っ先にしなければならないことはテロ特措法の更新である。

 私がそれを痛感するのは、最近の東アジアにおける国際関係の推移からである。

 今の東アジアは「アメリカの不在と日本の退縮」と評されている。代わって、中国の影響力増大、そして米国による中国への期待、あるいは遠慮が顕著である。東アジア担当者が親日派で固められていたブッシュ政権第1期の時代は遠く去った。すでに米国は対テロ、対イラク戦争のために安保理における中国の協力を必要とし、近年では北朝鮮問題について専ら中国を頼みにしている。

 現在の米国の中国に対する遠慮は目に余るほどである。台湾の陳水扁総統は米本土通過に際してアラスカ立ち寄りしかできなかった。また、中国によるイランへの武器供与も米政府は大目に見ているという。

 そんな時に日本がインド洋から補給艦を引き揚げたらどうなるかと思う。

 G8の各国はいずれも安保理決議1386が国際社会に対して対テロの努力を呼びかけたのに呼応して、種々の形で軍隊艦船を派遣している。唯一の例外はアフガンに過去の疵(きず)のあるロシアだけであり、アフガン問題に何のひけ目もない日本と同日に論じるわけにはいかない。

 ≪テロ特措法反対の理由≫

 ここで日本だけが艦船を引き揚げれば国際社会における日本の影響力の退縮の印象は蔽(おお)うべくもないであろう。

 米国内の親日派は挫折し、親中派、反日派は勢いを得、米国民一般は、日本はやはりそんな程度の国だと思い、歴代政権が営々として築いてきた日米信頼関係の根底を傷つけてしまう。

 特措法の延長に対して、民主党の小沢代表はシーファー大使に「アフガン戦争は米国が国際社会のコンセンサスを待たず始めた」戦争だと言ったが、これは安保理決議の経緯、当時の各国の対応振りから言って、事実認識の明らかな誤りである。今までの民主党の反対理由を読んでみるとこんなことは全く言っていない。色々な理由を挙げてはいるが、ひっきょうは、まだ審議が尽くされていない、政府は説明責任を果たしていないというようなことである。

 これは国会の審議が手続き的に一応尽くされた後で野党が採決に反対する常套(じょうとう)句である。少数党がその存在意義を主張するためにそういう理屈を使うことは間々あることであり、また少数党であるかぎり国益に実害はなかった。

 しかし今や民主党は参議院で多数を制する責任政党である。ただ反対するだけでその存在理由を示すべきでなく、またその必要もなくなっている。外交は本来超党派であるのが望ましい形であるというのは国際的な常識である。

 政府を追及するのならば国内問題を主にすべきである。この前の選挙結果は年金問題で自民党が国民の信を失ったためというのならば今後の国会でも、年金問題で勝負して欲しい。

 ≪「責任政党」の定義とは≫

 それこそ、国民生活に最も深い影響がある問題として国民が民主党に期待するところであろう。国際社会で日本を貶(おとし)めるような形で政府を攻撃して欲しいなどと国民は誰も思っていない。そんなことを考えているのは、党利党略でしか物事を考えない一部政治家か、偏向した一部マスコミだけであろう。

 日本に真に二大政党制が実現するとすれば、それは民主党が責任政党であることを国民に示すことが出来たときであろう。もうそれは可能性の範囲に入ってきている。

 小泉首相が「自民党をぶっ壊す」と言って以来、自民党の伝統的な集票マシンは変質してきている。後は、これと交代し得る責任政党が存在するかどうかである。責任政党の定義の中で、最も重要なのは、超党派の外交、安全保障政策が遂行出来るかどうかである。冷戦時代の社会党にはその能力は欠如していた。

 しかし今はもう違う。国民は反米などと言って肩を聳(そび)やかすことなど期待していない。二大政党制が実現するとすれば、政党が真に国民生活に直結した問題を中心に、国民の支持を争うようになった時のことであろう。

 ちなみに、次の選挙で勝つと予想されている豪州労働党党首は、つい最近、米国のアジア離れの危機を警告し、勝てば、労働党政権は米国と共に歩み、負けても、保守党は他の問題では意見が違ってもこの点は同じと信じると述べている。英国伝統の二大政党制の神髄をここに見る。(おかざき ひさひこ)


 ■新旧自民党の戦いが底流にあった

 ≪自ら判断してブレない≫

 自民党の大敗で今後の日本政治はどうなるのかと心配になったが、安倍総理が続投の意思を明らかにされたので、とりあえず安堵(あんど)した。

 安倍晋三という人は不思議な人である。ものすごく大事なことを-むしろ大事なことに限って-誰にも相談せずに自ら決断してブレない。

 若いころからの拉致事件がそうである。言えば右翼反動といわれた時代から信念をまげなかった。最近の慰安婦問題では「20世紀は人権が侵害された時代であり、日本もそれに無関係ではない」という、世界中の識者の20世紀観の琴線に触れるような発言を一貫して守っている。

 今回も、私の知る限り、誰に相談したのでもないのであろう。それが正しいと自分で判断して、如何に雑音、批判があろうとも、そこからブレそうもないのである。

 そもそも今度の選挙は何だったのであろうと思う。専門外の私が、従来感じてきたことは、冷戦が終わってからの日本の選挙は政策論争、イデオロギー上の選挙でなく、一種のイメージ選挙であり、そのイメージは「風」により振り子のように揺れるということである。

 そうでなければ、この前の衆院選挙の自民党圧勝などは説明がつかない。また、振り子ということならば、その圧勝の後である今度の選挙は負ける番だということになる。

 ≪古い自民党的体質の人々≫

 今度の選挙までに至る安倍政権の業績について政策面で考えると、まず私の専門分野である外交安保については、いかなる失点もないし、また、現に選挙戦中これが問題にされたことはない。

 就任直後の訪中、訪韓、その後の温家宝中国首相の来日と首脳会談、そして日米首脳会談、G8サミットにおける環境問題など、野党も新聞も一言の文句も付けようのない成功であった。

 内政の問題は、年金だと言うが、これは過去の歴代政府の行政と労組の共同責任である。ただ、増税と老人負担の増加は小泉内閣の遺産であり、現政権としては踏襲せざるを得ないことであった。それは安倍政権の責任でなくとも、国民の不満の対象となるものであり、イメージの振り子が揺れもどる状況の中で、選挙にかなり大きな影響を与えたらしい。

 ただ、私の直感では、別の理由もあったように思う。少し前に帯野久美子氏がいみじくも新聞紙上で書いておられたが、これは新しい自民党と古い自民党(小沢氏を指す)の間の争いだったのではないか、ということである。

 今までの自民党が「そこまで行くのはやり過ぎだ」というような漠然たる理由で、単純に先延ばしを重ねてきた防衛庁の省昇格とか、教育基本法改正、国民投票法などを次々に解決していったことは、古い自民党的体質を持つ人々に違和感を与えたことは間違いない。と言って、正しいことをしているので表だって反論もできない。その不満の鬱積(うっせき)もあったのであろう。

 ≪ここで引いてはいけない≫

 安倍総理があえて避けなかった大新聞との対決などということは、佐藤総理が、引退が決まってから積年の憤懣(ふんまん)をぶちまけた以外に誰もしなかったことである。

 安倍政権は「政治というものはこういうものなのだ」という、古い自民党の体質を打ち破ったものであり、「なあなあ」を以(も)って尊しとする古い人々の間に、それに対する陰湿な反感を生んだことは想像に難くない。

 この分析が正しいとすれば、ここで引いてはいけない。旧自民党の体質-それは旧社会党の体質でもある-に戻って安住したい人がたくさんいる。ここで引けば、そういう人々は勢いを盛り返してくる。逆にここで頑張ればそういう人たちはいずれ過去の人となっていく。

 政局が困難であろう事は予想に難くないが、初心を貫けばよい。今度選出された民主党の人々の中にも、旧自民党、旧社会党の体質に反発している人も多いと思う。

 あるいは今回の選挙は世代交代のチャンスかもしれない。それならば禍(わざわい)を転じて福と為(な)せる。安倍総理は所信をまげず、党派を超えて、新しい日本を担う人々の希望の星となればよいのである。

 そもそも、外交安保については選挙中にも何の批判もなかった。憲法も幸か不幸か選挙の争点にならなかった。集団的自衛権の行使など日米同盟を盤石にし、今後何十年にもわたって国民の安全を確保する懸案に正面から立ち向かって、所期の目的を追求していただきたい。(おかざき ひさひこ)
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