2006年3月アーカイブ
「中国の脅威」についての岡崎久彦岡崎研究所所長2月16日の講演
2006年2月16日
今日は問題を「中国の脅威」の軍事問題に絞りたい。中国が脅威かどうかは、昨年に麻生大臣や民主党の前原代表が発言し、大きな議論になった。中国の軍拡が脅威であるかどうかはさまざまな人に聞かれたが、結論としては脅威である。
まず通常兵器だが、東シナ海の現状は、二つの要素でバランスが取れている。一つは日本が圧倒的な海軍力・空軍力の優勢を保っていること。その日本が専守防衛で平和主義だと言っている。一方の中国は、実にアグレッシブだ。背後に大海軍があるかのように傍若無人に振舞っているが、力はまったくない。その二つが重なって東シナ海のバランスが保たれている。
もし中国が次第に日本に追いつき、五分五分になったら中国は何をするか分からない。海洋の範囲に関してはさまざまな理論があるが、一つは大陸棚理論。中国大陸の大陸棚というのは沖縄の傍まで伸びているから、沖縄の傍まで中国は何をやってもいいということだ。海軍力が五分五分なら、今の中国のやり方から見て、何でもするだろう。日本が圧倒的に強いと言ったが、これは本当だ。中国が初めて東シナ海に出てきたのが十数年前で、私はその時代によくテレビに出て、戦争が起これば時間の問題だろう、数時間で中国は全滅すると言った。
その理由の一つは、日本が冷戦時代の最後にすさまじい近代化を行った。日本は180機のF15を持っている。日本の次に持っているのは、イスラエルの60機だ。中国がどのくらい同じ程度の戦闘機を持っているかというと、15年前の知識では問題にならなかった。今でも使えるのが50機あるかどうかだろう。我が方は180機あり、しかも高度に訓練された世界最高水準のものを持っている。
さらにP3Cを100機、持っている。これも、これほど大量に持っている国は日本以外にない。イギリスが次に持っているとしても、せいぜい30~40機程度だろう。これは、海の下の潜水艦を沈める飛行機だから、地上の艦艇などはほうきで掃くようなものだろう。日本は圧倒的に強い。
その頃、それを言ったら、中国の新聞から批判された。「岡崎は傲慢にも、時間の問題だと言った」と。しかし、これは事実である。ただその頃、自衛隊の先輩からも叱られた。「何を言うんだ。憲法も改正しないで、戦争に勝てるわけがない」と。しかし、これは全く違う話だ。
もっともその時は中村龍平さんが出てきて、みんなの意見を聞いて、「それは岡崎の言う通りかもしれない。ただ、それは数時間、弾が続けばの話だ」と述べた。確かにそうだろう。戦闘機がミサイルを満載して出て行って、片っ端から撃って全部を当てる。帰ってきて、また出る。これで数回、出るだけの弾薬があるかどうか。これは軍事機密だから分からない。しかし、日本がそれほど強いのは事実だ。
次第に中国が軍拡を続けると、この差がつまってくる。日本では90年代半ばまでに今の近代化が完成しているが、その後、増やしていない。昨年、初めて若干、減らした。あれは片山さつき女史が大蔵省の主計官をしていて、ついに切った。ほんの少しだが、本当にもったいないことをした。艦船と航空機を切るというのは日本の存亡に関わる。今後はそのようなことのないようにしてもらわないと、毎年毎年、中国は追いついてくるだろう。軍事バランスというのは、向こうが増やしてこっちが減らせば、差がつまってくる。
おそらくもうしばらくすれば、そういう部分での軍事費は聖域になるだろう。日本と中国との間でこれ以上、通常兵器を増やさないという軍縮交渉が成立しない限りは、防衛費は切れない。しかし、中国がなかなか追いついてこないのが実態である。中国の軍事費は9%成長だった1年を除けば、十数年間、二桁成長を続けている。しかし、東シナ海のバランスは大きく変化していない。残りのカネをどこに使っているかが重大な問題である。
ラムズフェルドなどが中国の軍事の脅威について、昨年の夏にシンガポールのホテルで初めて言った。その後はさまざまな報告書で「中国の脅威」が書かれているが、ラムズフェルドが言っているのは、透明性を明確にすべきだということである。しかし、中国にはこれが言えない。中国の核開発は、昔から特に秘匿性を重んじているからである。
毎年10%増といっても、元の数字が問題だ。ペンタゴンの計算も、イギリスの戦略研究所の研究も同じだが、公表の数字の2~3倍はあるだろう。2~3倍というのは、日本の防衛予算が5兆円だから、7兆円くらいはあるだろう。7兆円が毎年15%増えれば、だいたい1兆円増える。毎年1兆円増えたら、さまざまなことが可能になる。
中国は兵隊が多いから給料が大変なのだと言う。しかし97年から兵隊を50万人、切っているし、さらに近代化も行っている。もともと500万あったものを80年代にアメリカと国交正常化して、戦略関係が良くなったから200万を切っている。300万はいるだろうとみんな思っていた。
中国の軍というのは、各地の中国人民解放軍が土地の共産党幹部と一緒になって、国全体の治安・統制を維持している。中国の軍隊は外を見ないで内部の統制をしていると言っても間違いではない。だから500万が300万を切ったので、そろそろ限界かと思ったら、1997年にさらに50万を切っている。それで1997年から本当の二桁成長になった。
それまではインフレを差し引けば二桁いく年といかない年があったが、97年からはインフレを差し引いても全くの二桁成長となった。この頃から中国が何をやっていたのかはだいたい想像がつく。96年に台湾海峡危機があった。その時に中国の軍が言ったと言われているが、それを聞いたのが、その少しまえにペンタゴンにいたチャールズ・フリーマンで、この男は親中だ。その男がちょうど中国を訪問していて、そういうことをするなら、中国はアメリカに核ミサイルを撃ち込むと聞いてきた。しかしその後中国側がそれを確認して、言った人間の名前まで出しているから、そういうことだろう。いずれにしても、その時は脅しであり、今の中国にそのような能力はない。これは96年の話だが、この時は台湾海峡で中国がミサイルを撃ち込んだりしたら、アメリカの空母機動艦隊が来て、全く手も足も出ない状況であった。その時に私は外務省の情報調査局へ遊びに行って、茂田局長にこれは何だと聞いたら、キューバ危機だと言われた。キューバ危機では、フルシチョフがキューバにミサイルを持ち込もうとしたが、ケネディがそれを海上封鎖し、手も足も出なくなった。それからソ連の大軍拡が始まるのであり、「ソ連の脅威」が始まったのであった。
中国もおそらく96年の台湾海峡危機以降、遺恨十年、一剣を磨いて核開発をしているのだろう。おそらくそのカネはICBMに行っていると思われる。冷戦時代にアメリカとソ連の間で「恐怖の均衡」が成立したが、中国は今、ソ連と同じ地位に就こうとしているのである。
そこで国際的核戦略をもう一度、考えなければならなくなるだろう。私が外務省にいた頃は、冷戦の真っ只中であり、世界中の核戦略論者が核戦略を展開したものだが、その後、誰もその話をしなくなった。核戦略論者は皆、失業している。しかし最近だが、核戦略を考えなければならないと考えるようになった。秋にロシアのイワノフ国防大臣が「ソ連の軍事戦略」という長い演説を行っている。例によってさまざまなことを述べているのだが、何に注目すべきかといえば、たった一つである。
新しい「SS27」というミサイルを造るということが書いてある。これは、列車に載せるミサイルである。シベリア鉄道に載せて、どこからでも撃てる、というもの。シベリア鉄道にいるのだろうが、どこにいるのか分からないから、サバイバビリティがある。したがってロシア自身もアメリカとの「核の均衡」を放棄したと思ったら、とんでもない。むしろ、それがイワノフの自慢の目玉なのである。
そして、中国も同じだ。そうなると、どの国も「核の均衡」を作ろうとするだろう。イランの核も今問題だし、その前に北朝鮮の核が出てくる。そうすると、我々も核戦略の新しい理論を考えなければならない。
石原慎太郎氏が述べていることを私が翻訳するとすれば、中国は核の敷居が低いということだ。例えばアメリカと中国が核戦争をしてお互いに1億ずつ死んでも、中国はビクともしない。私は中ソ論争をやっていたが、あのときの毛沢東の議論にはっきりある。どれくらい死ぬかは分からないが、死んでもまた生まれる、と。だから核も怖くないのだという演説を行っている。敷居が低いということは、新たな核戦略を作る一つの条件になる。
そして後は、日本はどうするのかという話だ。日本に核戦略というものがあるとすれば、日米同盟と完全に両立するものでなければならない。アメリカに対抗するために核武装するなどというのは馬鹿馬鹿しい話で、戦略的に何の意味もない。日米同盟と両立する核というのは、イギリス型とフランス型がある。
イギリス型は、外交・軍事戦略がアメリカと全く同じであるという前提で成り立っている。アメリカも最初はイギリスの核武装に反対していたが、当時のイギリス首相はチャーチであった。一方のアメリカはアイゼンハワーだったから、イギリスがやるぞといったらそれを許したという事情があった。一方、フランスはドゴールが最初から最後までアメリカに反対していた。その間、米仏関係を大きく犠牲にしている。フランス国民にかなりの損害を与えたのである。しかし、冷戦の最後になって、まあいいのではないかという話になった。
これはどういう理論なのかというと、ソ連の計算を複雑にさせるという戦略的な議論があった。日本の場合で言えば、日本が核武装する。そして、中国が尖閣列島を奪いに来る。中国は、アメリカが核を使うはずがないと思うだろう。しかし、ひょっとしたら、日本は核を使うかもしれない、と思うだろう。それが、計算を複雑にさせるという戦略理論である。
フランス型というのは、ある程度の意味は通るにしても、日米関係を犠牲にしなければならない。さらに、フランスはNATOの一員であり、アメリカの同盟国である。キューバ危機の際にフランスは真っ先にアメリカを支持している。つまりアメリカが、ドゴールの実施していることを許すか、それとも米仏関係を駄目にするか、という岐路に立たされた。そしてその結果、仕方がないという結論に至ったのであった。
日本の場合はそのような指導者は出ないだろうし、国民世論が全部、沖縄返還の時のように核一色になることもないだろう。これを受け容れなければ日米同盟に亀裂が入るとアメリカが思うような状態は想定できないのである。さらに、日米同盟が、これだけは捨てられないとアメリカが思うためには、まだ欠陥がある。それは、集団的自衛権の問題である。この両方を達成した場合にのみ核武装が可能になるが、これは無理だろう。
したがって、戦略論は簡単であり、日米同盟の強化が必要だ。日本に対する攻撃をアメリカに対する攻撃と看做すと述べたのがアーミテージである。2002年3月にイラク戦争があって小泉首相はすぐにこれを支持した。「日本に対する攻撃を自国の攻撃と看做す」と述べている唯一の国はアメリカであり、これを支持するのは当然ではないか、と。これは国民的にも論理は通ったし、何よりアメリカが非常に喜んだ。あの約束のままならそれでいい。しかし、あれはアーミテージだから言えたのである。
日米同盟を強化して、日本との同盟は捨てられないという関係に持ち込まなければ、核の安全保障は認められないと考えるべきだろう。そのために必要なのは、集団的自衛権の行使だ。したがって結論は簡単で、日本の核戦略としては日米同盟の強化が必要であり、他方通常兵力のバランスだけは怠りなく、いつも日本は東シナ海で優位を保っていなければならない。私がこれから論文を書くとすれば、これがその目次となるだろう。
注)この論文は、岡崎久彦氏の講演の録音より間一根(國學院大學大学院院生)が書き起こしたもので、その内容を岡崎氏の確認と了解を得て、平河総合戦略研究所発行メルマガ「甦れ美しい日本」3月31日付第59号に掲載されたものである。
The Japan Times 2006年3月13日 掲載
In my Oct. 15, 2003, column, I wrote that China had committed a diplomatic faux pas by suggesting that reciprocal visits by top Chinese and Japanese leaders would become possible only when Prime Minister Junichiro Koizumi stopped visiting Yasukuni Shrine. I wondered how the Chinese leadership would settle the diplomatic dead-lock that would inevitably stem from their demarche, never heard of before in decent diplomatic practice.
That article ran at a delicate time---soon after remarks by Chinese Premier Wen Jiabao had seemed to repeat the misstep of the previous regime of President Jiang Zemin. Wen's remarks came a month before Hu Jintao replaced Jiang Zemin as general secretary of the Chinese Communist Party. The Asahi Shimbun, in an Oct. 8, 2003, commentary, said Wen had implicitly urged Koizumi to stop visiting Yasukuni. (China's faux pas was still implicit at the time and thus demanded the commentary.)
Since then, Tokyo-Beijing relations have fallen to an all-time low, especially following the mass anti-Japanese demonstrations throughout China last spring.
Polls conducted by the Cabinet Office show that the proportion of respondents feeling affinity toward China decreased from 47.9 percent to 32.4 percent in two years between 2003 and 2005. Volumes of books describing China as an evil nation have been published in Japan, and China's political influence on Japan has significantly weakened.
Foreign Minister Taro Aso's recent comments on Taiwan have not caused much of a stir in Japanese public opinion and the mass media---in contrast to the uproar over inept remarks by senior Japanese officials in the 1980s. In 1986 Education Minister Masayuki Fujio claimed that South Korea also bore responsibility for Japan's annexation of Korea. And, in 1988, National Land Agency Director General Seisuke Okuno asserted that Japan was unfairly blamed for aggression in Asia that had been mainly committed by “Caucasians.” Both ministers were forced to resign.
China and South Korea, in their protests against the remarks, were backed by Japanese mass media, and the Cabinet withdrew its support for the ministers.
Most recently, China reportedly protested Aso's remarks but failed to receive support from the Japanese media and public. If anything, what is widely perceived as China's intervention in domestic affairs is likely to aggravate anti-Chinese sentiment in Japan.
China no longer has a foothold for swaying Japan. This is a new situation for Chinese officials who have managed to steer diplomatic strategies toward Japan for three decades. If they continue the same strategies, they will only aggravate the situation.
In my previous article, I suggested that China should let the problem fade away by keeping a low profile. However, China only aggravated the situation by directly linking the Japanese prime minister's China visit to a settlement of the Yasukuni issue.
Japan is partly responsible for the present situation. When Koizumi visited Yasukuni last year, Japanese media made the story front-page news, while Chinese media played it down. Japanese media have since kept up intensive coverage of the issue, making it difficult for China to keep a low profile.
Pro-Chinese Japanese should let China get out of trouble by toning the issue down. The new prime minister who will replace Koizumi later this year is likely to inherit Koizumi's custom of visiting Yasukiuni. Japanese media, meanwhile, are in effect encouraging China to continue Jiang Zemin's faux pas. Do they want a pro-Chinese government to replace the Koizumi administration? If they demonstrate such political motives, they risk perpetuating frigid Tokyo-Beijing relations.
I have an idea for solving this problem. The prime minister could stop visiting Yasukuni in return for China's agreeing to remove factually mistaken exhibits from displays at its anti-Japan museums throughout the nation. I hesitate to push this idea, however.
The correct solution is for China to retain the anti-Japanese exhibits---including inaccurate ones---for the sake of its patriotic movement, while the Japanese prime minister continues visiting Yasukuni to honor the war dead, and for the two nations to avoid creating diplomatic trouble over these issues.
This is not an ideal settlement. Realities in the international community have little to do with human ideals. Problems in international relations should be solved on the basis of common sense developed in the 2,000-year history of the nations: non-intervention in domestic affairs.
