(産経新聞「正論」2003年3月25日掲載)
《大変動が予想の国際情勢》
小泉純一郎総理のイラク攻撃支持表明は近来の快挙であった。戦後半世紀、日本政府がこれほどはっきりと日米同盟支持を打ち出したのは全く初めてと言ってよい。
二十年前には鈴木善幸総理は、日米安保条約は軍事同盟でないという趣旨の発言で日米信頼関係を傷つけた。私自身その頃は安保条約の代りに同盟という言葉を何とか滑りこませるのにいかに苦労したかを思うと隔世の感がある。
「米国は、日本への攻撃は米国への攻撃と見なすと言っているただひとつの国である」「米国はもっとも信頼すべき同盟国。日本も米国にとって信頼に足る同盟国でありたい」。新聞報道によると、この発言の前に総理は「記者会見の内容はポイントだけ渡してくれれば、あとは自分で考えたい」と言われたという。自分の言葉、自分の信念でここまで言ったのである。
イラク情勢が緊迫して以来、ワイド・ショーは「アメリカのイラク攻撃は正当か。安保理決議はなくても良いのか」という問題ばかり、しつこく提起してきた。
たしかに、それは従来の国際法、国際的行動規範から考えれば、素人でも参加できる議論である。ウェストファリア条約以来三世紀半、国家の主権は平等、内政は不干渉、信教、イデオロギーは各国自由となった。国には悪い国と良い国があり、悪い国は悪い事をする前に叩いても良いという考え方はそれだけで是非の論が有り得る。
《消滅した力の均衡》
他面、国際規範の基礎たる国際情勢が変わってしまった事は否定できない。この間三世紀半の国際関係の基礎にあったのは、価値観の違いでなく、列強の力のバランスであり、つい十年前までは米ソの力の均衡であった。
それが消滅したのである。米国のように一国だけが、飛び抜けて優越した事は三世紀半無かったし、デモクラシーのような価値観が独り勝ちした事もなかった。
それが今後の国際秩序にどういう影響を及ぼすかは今回のイラク戦の結果を大きな節目として、戦後、半年、一年、十年のうちにその意義がだんだんと明らかになろう。
こうした地殻的大変動が予想される国際情勢の中で、日本が唯一指針とすべき事は、評論家的な善悪是非の論ではなく、日本の国家と国民の安全と繁栄である。それに自由を加えても良いが、日本という国の「自由」は「安全」の中にすでに含まれている。
現在政府は、イラク戦支持の理由として、北朝鮮危機があとに控えていると説明しているようである。それはそれで正しい。ただ、それだけの理由とすると、「イラク戦を支持しないと北朝鮮の時に米国は日本を援けてくれないのか」という日米同盟の信頼性にかかわって来る議論や、逆にこれを否定すると、「どうせ米国が守ってくれるなら、イラクでは、対米追従しなくてもいいのではないか」という議論も出て来る。
《日米同盟は不可欠》
北朝鮮問題ではない。将来にわたって日本が直面する政治、軍事、経済の危機の全てにおいて日米同盟信頼関係が不可欠なのである。
資源の乏しい島国である日本が国民の安全と繁栄を守るためには、七つの海を支配しているアングロ・アメリカン世界と協調する他ない事は、明治開国以来一世紀半の日本の地政学的条件である。その間日本国民が、真に安全と繁栄と自由を享受したのは、日英同盟とその直後の三十年間と、日米同盟の半世紀だったのは否定しようのない事実である。
現在の日本人は何のかの言っても豊かで自由な生活を享受している。同盟は常に怠りなく強化するよう努力していないと、知らぬ間に足もとから崩れる。今後とも同盟強化の努力を意識的に続けて行けば、われわれの孫子の代まで大体現在のような生活を保障できるであろう。
小泉内閣にはまだまだ期待したい事はある。もうこうまで来た以上、米国から信頼される同盟国となるためには、集団的自衛権の行使が必要なことは、識者の間では反対する人も居なくなっている。
ともあれ、今回の小泉総理の発言は日本の将来のために感謝の念に堪えない。惨憺(さんたん)たる敗戦後半世紀、二十一世紀を迎えて、始めて日本の将来に安定した希望を与える国家方針が、総理大臣の口から明確に打ち出されたのである。(了)
英語版(The Japan Timesに後日掲載)