「新ガイドライン」の成果と課題

(政策研究フォーラム発行「改革者」 平成10年6月号20頁-23頁掲載)

宝珠山 昇
(杏林大学大学院講師)


大きな成果と期待

 新ガイドライン(1997年9月23日に日米合意の「日米防衛協力のための指 針」)に関連する2法案が4月28日閣議決定され、日米物品・役務相互提供協 定の改定が署名された。また、これに先立つ14日には、久間防衛庁長官はいわ ゆる有事法制の研究について、この20年来「立法化を前提としない」としてき たものを「単なる研究にとどまらず、---、法整備に向けての検討を始めたい」意向を表明した。これらはわが国の危機管理体制の大きな前進であり、関係者の決断と苦労に深く敬意を表したい。

 今後、立法府において建設的な論議が行われて法が成立、法に基づく政令、省令、規則などの整備が進むだろう。これらに従った共同・実働訓練等が充実し、 万一の場合にその実行が確実、円滑にできることが実証されるほどに、日米関係は堅固となり、平和と繁栄の維持機能を安定的に果たし続けることが期待されます。

 また、このためには、困難な業務に現場で従事する人々及びその家族の人権への配慮、処遇改善などが欠かせない。これまでは行かせる人の立場の議論が多かったが、これからは行かされる人の立場に立った施策の充実が重要になり、これなしには実効性は確保できない。これらの論議の立ち遅れは否めない。

絶えざる改革の必要

 これらを推進しさえすれば、日米同盟関係は1996年4月17日の「日米安全保障共同宣言ー21世紀に向けての同盟」で強調された「世界の平和と地域の安 定並びに繁栄に深甚かつ積極的な貢献」を続け、引き続き堅固であり続け得るのであろうか。

 既に、日米安保共同宣言やそれに続く日米両国の努力を高く評価する人々から も、懸念が表明されている。ここでも、最も難しいものは、現場で「この同盟関 係を支えている人々、とりわけ、---、故郷を遠く離れて平和と自由を守るために身を捧げている米国の人々」やその家族等の理解が得られるものか、不安が あると言うものである。

 米軍人も人の子です。万一の危機に米軍兵士の母親などに日本の行動が理解が されなければ、日米同盟は期待どうりに機能しない恐れがある。日本、アジアな どの平和と繁栄の維持装置である日米同盟関係を堅持するために、絶えざる見直 しと改革の実行が欠かせない。ここではその論議の方向を考えて見たい。  知日で親日の米国人などからインターネットなどを通じて表明されるの懸念 は、「ないよりはマシだが、これでは不十分だ」とするものもあり、次のように要約できる。

知日親日米国人の懸念

 米国のマスコミ、議会、一般の国民は「ガイドライン」にほとんど関心を持っていない。当然、その内容を吟味も、理解もしていない。新ガイドラインは、国務省や国防省の関係者が日本の安保論議などに配慮し、日本に好意的に対応し、 合意に達したものである。国民や議会もこれで良いと認めたものではない。  万一の事態が起こった時に、米国が決断するに当たって大きな役割を果たすのは、議会等である。彼等は、極く一部の専門家を除けば、日本の憲法9条のことなど知りはしない。他方、日本は、今や世界第二位の経済大国であり、その繁栄 が米国が大きな負担をして守っている自由貿易や海上交通の安全確保の上に成り 立っていることは良く知っている。

 彼等は、湾岸戦争の時に日本が示した、優柔不断で、他の多くの国々が行って いる人的・物的な分担を拒絶するなどといった行動に、失望・反発し、日米同盟 を根底から揺さぶった。同じような危機が不幸にも到来し、日本が今度は新ガイ ドラインによって行動したとしても、世界が注目している要所に日本の旗が見えなければ、議会等には湾岸の時と大差なく映り、“日本は、その利益を大きく享 受し裕福であるのに、肝腎なことを何もしようとしない、少な過ぎる、卑怯だ”などと日本に対する非難の声を挙げるだろう。  特に、兵士の母親が、自分の子供が危険を伴う所で日本のために行動しているのに、日本人は安全な所で手伝う位のことしかやらないと知ったら、米国世論 は、日本は信頼できない、なぜそんな日本を助けねばならないのか、と言った声 で充満するだろう。

 そうなれば、国務省や国防省が彼等の説得を試みても、なす術はない。危機に は誰もが、その対応に忙殺され冷静ではあり得ない。そんな時に日本は集団的自衛権はあるが行使できない、だから、日本にとって有用な海上交通路をパトロ−ルしている米艦船が敵艦から攻撃を受けても自衛隊の艦船からの援護は期待できないし、掃海を要請しても受けないのだなどといった説明をしたら、世論は爆発するだろう。だが、彼等とて、日本が何もかも米国と共に同様の行動をしてほしいなどと無理難題を言っているわけではない。他の参加国と同様の協力ができる ようになることを期待しているに過ぎない。

 これを妨げているのは日本での集団的自衛権の行使を巡る論議である。これは世界の常識からかけ離れ過ぎている。これを見直し、アジア・太平洋の安全と平和のために他国と同様に行動することを明示すれば、米国民は納得し、日米関係は堅固となり、それでこの地域は安定する、日本が自衛隊を使わなければならないような事態は予防・抑止される。これこそが日米安保条約の目的とするところである。これは、中国にとっても他の国々にとっても良いことである。中国の支 配層の日米関係を牽制する発言に、日本が遠慮し、行動を抑制し過ぎるのは、日 米同盟体制の抑止効果を減殺していて、残念である。

質・量ともに少ない日本の協力内容

 日本の協力は、世界の常識に照らしてどんな分野が欠けているのでしょうか。日米防衛協力とこれを裏打ちする有事法制の一般的な概念図を描いて考えてみます。

 横軸に時期区分として、平和時、緊張時、有事時を、縦軸に事態区分として、日本有事、極東有事、周辺事態、その他の事態を考えますと、左図のように、12個のマスを持った概念図を描け、さらに、各マスは、戦闘正面に関わるか、後方支援面に関わるかで分割して「A11〜C23」のマスに分けて見ることができま す。この各々のマスに対応して、自衛隊、行政機関などの各主体の行動が円滑、 迅速に行えるようにするための方針、権限などを定めるのが有事法制の中核部分 であると理解されます。

 日本有事、図では「A11〜A23」のマスに関しては、米国が集団的自衛権を行 使して日本を全面的に支援することを期待している事態で、日本は自衛権をフルに行使します。1978年に合意した旧ガイドラインの下で、この事態に関する日米共同研究は大きく前進し、今回の周辺事態等の検討の材料を提供しておりま す。しかし、この研究成果を踏まえた有事法制の整備までは進んでおりません。  新ガイドラインによって充実されようとしているのは、概念図でいえば、周辺 事態等において防衛行動をしている米軍に対して、後方支援面「B23,b23,C 23」の行に該当する協力・支援の一部を行うことです。旧指針では「あいまい」 にされていた部分です。

 戦闘正面「B13、b13,C13」の行に該当する分野は、集団的自衛権の行使に関わる恐れがあるなどとされて、できないことになっています。例えば、仮に湾岸戦争のような事態で、日本へ原油を運ぶタンカ−の安全確保等に当る米軍から(インド洋、南シナ海等で)警戒監視、護衛、輸送、機雷の除去等の協力とか分担を要請されても、多くは対応できないでしょう。これらを知った人は前述のような懸念を持っています。

平和と繁栄を維持する機能

 新ガイドラインの内容は、健全な市民の常識や、国際法や国際常識を超えるも のや、新しいものがあるわけでもありません。平時の協力、人道的活動、捜索・ 救難、退避、情報交換などの協力は当然のことでしょう。今回例示された米軍活 動支援なども、例えで言えば、嵐の海洋で溺れかけている人々を助けるために危険を顧みず身命を賭して行動している救急救命隊を、裕福で五体満足なその身内の人々が安全な地域で、炊き出しや怪我人が出たらその手当てなどの手伝はしましょうと表明しているに過ぎません。

 困った時に、他人に助けてもらうとき、その身内等が助けに来た人々に最大限 の処遇をし、あらゆる協力を惜しまないのは人の道、人間の常識、国の道、世界の常識でしょう。他の国々では以前から新ガイドラインの内容以上のことを、常 識、国の道として心得て行なっています。賢明な国民には、日常の人間関係、善 隣関係、会社関係などに引き直して考え、この程度で良いのですか、と問い返されかねないものではないでしょうか。

 それにも拘らず、日米安保の運用の手引きであるガイドライン関連法の制定に反対したり、周辺事態を自主・自立的に判断できない、事前協議制度は機能しない、戦争に巻き込まれる、自動参戦装置ではないか、などと言って国民に恐怖感を与えているものもあります。日米同盟の安定維持機能を向上させるための政策 論が少ないのは残念なことです。

 有事法制の整備についても同様です。例えば、阪神淡路大震災の際、姫路から 出た自衛隊の災害救援部隊は交通渋滞のため、現場への到着が遅れ、その間に沢山の人々の生命が失われたと言われています。このような救援活動を迅速、的確、合法的に行なえるようするため、その活動を行う間は、平素より強い私権の制限(例えば、私用車両の交通規制の強化、各種の手続きの簡素化など)ができるようにするのが有事法制でしょう。

 にもかかわらず、「私権の制限につながる」、「国民の基本的権利や経済活動 を束縛する」等とし、有事法制の整備に反対する意見が今もあります。これなど は、阪神の例で言えば、神戸の救助活動は遅れても仕方がないなどと言っているのと同じではありませんか。こんな非人間的な主張が許され、国民を惑わせてよいのでしょうか。

自衛権行使の規制緩和

 こういうことを考えますと、日米同盟体制を堅持するためには、米国における改善を期待するものもありますが、何より、日本における改革が肝要だと言うことになります。それは、突き詰めていけば、日本が自衛権行使の自己主義的な自 己規制を、国民と関係諸国の理解を求めながら徐々に緩和することだと思います。北岡伸一東京大学教授の「今後なお集団的自衛権を否認しつづけるのは、法 的にもおかしいし、政治的にも、外交的にも、自己欺瞞を拡大し、将来に禍根を残す」など(文芸春秋社「日本の論点´98」105 頁参照)の意見に賛同しま す。このための論議の私案ですが、原則として次の5条件を全て満たすものは実 施できる体制に改革することが賢明だと思っています。

1 国際法ないし国際機関が許容ないし要請するもの。
2 協力・支援を受け入れることとなる国または地域が要請ないし許容するもの。
3 日米安保条約の円滑な運用に有益であるもの。
4 日本の国益を増進し、国民が支持するもの。
5 日本の国力が受容し得るもの。

 これらの条件を満たすかどうかの判断、特に4などの判断は、困難を伴う場合が予想されますが、厳正な手続きや、賢明な国民によって、適正に行われるでし ょう。それができるようにするのが民主主義の成熟、主権国家の義務であると思います。

 これらの改革が定着し、評価されるものになるにつれ、尊敬と独立の度合いを高め、日本の国際的地位はますます向上するものと思います。
  (1998年  4月28日)

(参考)
「極東」の範囲 (1960年2月26日 政府の統一見解)

 一般的な用語として使われる「極東」は、別に地理学上正確に画定されたもの ではない。しかし、日米両国が、条約にいうとおり共通の関心をもっているのは、極東における平和及び安全の維持ということである。この意味で実際問題として両国共通の関心の的となる極東の区域は、この条約に関する限り、在日米軍 が日本の施設及び区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与しうる区域である。かかる区域は、大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている。 (「中華民国の支配下にある地域」は「台湾地域」と読み替えている)  新(安保)条約の基本的考え方は、右のとおりであるが、この区域に対して武 力攻撃が行われ、あるいは、この区域の安全が周辺地域の起こった事情のため脅 威されるような場合、米国がこれに対処するため執ることのある行動の範囲は、 その攻撃又は脅威の性質いかんにかかるのであって、必ずしも前記の区域に局限 されるわけではない。

 しかしながら米国の行動には、基本的な制約がある。すなわち米国の行動は常に国際連合憲章のの認める個別的又は集団的自衛権の行使として、侵略に抵抗するためにのみ執られることとなっているからである。

 (上記の省略した説明ぶり)日米安全保障条約第六条や旧ガイドラインに言う「極東」は日米両国が国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有している区域であり、実際問題としては、 在日米軍がわが国の施設・区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与し得る区域である。これは、大体においてフィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域 (韓国、台湾を含む)であると、昭和35年2月26日の政府統一見解に示されている。



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