中国経済 避けられぬ巨大化

(読売新聞朝刊「地球を読む」2002年3月4日)

岡崎久彦

中国経済

9・11は、おそらくは、世界情勢を変えたのであろう。近代世界の独裁者ともいうべき米国の世論は、内には愛国主義、同胞の助け合い、外には積極介入主義に変容を遂げたらしい。それはブッシュの年頭教書にも反映されている。他方、「おそらく」というのは、それが何時まで続くのか、世論というものはしょせん予測不可能だからである。

しかし、世界ではアメリカの変容の影響が小さい国もある。それ自体小宇宙(ミクロコスモス)をなしている中国はその最たるものであり、今後の中国の動向は、覇権国米国の変容と並んで、今後二十一世紀世界を動かす二大要素となろう。

実は、テロの一週間前九月三日のニューズウィークは、かつてのJapan Inc.をもじってChina Inc.をカヴァー・ストーリーとし、中国の真赤な鮹が世界中に触手を伸ばしている絵を掲げた。それはまさに当時のマスコミの主要関心事であった。その後九・一一は中国問題についての思考を中断させたが、戦闘一段落後の一月三十日の同誌日本語版は、火を吹く青い龍の絵を掲げ、中国経済の日本侵略をカヴァー・ストーリーにしている。 もし9・11がなければ、昨年の秋は中国のWTO加盟を控えて世界中がこの問題の議論を深めていたことは想像にかたくない。

問題なのは、中国経済成長の逞しさと、それが周辺諸国にとって差し引きプラスにならないその構造と、そして長期的にはこうして増大する中国の国力がアジアの力のバランスに及ぼす影響である。

中国の経済成長の勢いはすさまじい。昨年の夏に俄かに中国脅威論が論じられ始めたのは昨年前年期の経済統計では中国の独り勝ちとなったのがキッカケである。しかし、今後の見通しには諸説ある。何時までも高度成長は続かないという論拠としては、社会主義体制の矛盾、環境問題の制約、又逆に、高度成長に伴う民主化要求、体制の求心力の低下などが挙げられている。

いずれも何%かの蓋然性はある将来予測であり、その可能性を排除するつもりはないが、その一つ一つの蓋然性は、今後も成長が続くという見通しよりも低いように思う。

力の均衡、日米同盟で

損害の方が大

ただ、そもそも情勢判断といっても森羅万象すべてを分析するわけにもいかないのだから、日本という国にとって心配な事をまず心配すべきものである。心配ない事はあとで考えれば良い。それが先憂後楽という事であろう。中国経済が停滞し軍事力も増大しないという見通しは、中国が心配すべき事かもしれないが、日本が心配することではない。そうなった時に考えても間に合う。しかし、今からそうと決めて安心してしまうのは危険である。

私が従来中国の成長持続の可能性を信じて来たのは、過去に最高の文明と帝国を築いた潜在能力のある中国民族十二億人が、改革開放以来、一人一人今年より来年はより豊かになろうと孜々として働いている以上、労賃が低くて成長余力がある間は、成長は不可避だと思うマクロ的観察からである。改革開放以来二十年間、新たな大学卒が毎年何十万も社会に参入している。天安門事件で海外に逃れたインテリが、国際的に通用するビジネスマン、エンジニアとして一斉に帰国している。そうなって見ると、安い労働力が無尽蔵だという条件に太刀打ち出来る国は少ない。

問題なのは、中国の高度成長は、周辺諸国にとって、これに稗益する度合よりも、損害を受ける度合の方が大きい事である。

東南アジア諸国などにとって、中国の製造業は直接の競争相手であり、また、日本、台湾、シンガポールなどにとって投資資金は自分の国より中国に行ってしまい、自国産業が打撃を受ける。

もちろん商売は両方が儲かるからするので一方だけ儲かるなら成立しない。ただ双方が一億円ずつ儲かる商売でも、それがGDPに及ぼす乗数効果は、投資する側と投資される側とではまるで違うし、また成長率の高い国の方が大きい。投資側のプラスは一億円だけだが中国側の方は遥かに大きい。まして投資収益の現地再投資を要求されれば、ただの持ち出しとなるし、日本の工場をたたんで中国に行く場合は乗数効果はマイナスになる。それが即ち今問題となっている空洞化である。

また従来から、中国との取り引きについては、法令の朝令暮改、いわゆる「乱収費」による利益の吸い上げ、契約不履行、未払い、偽造等の不平が後を絶たない。ただ私の観察では、その多くは、単に非常識というよりも、中国側から見てかなり合目的的性があると思う。

外国の技術もノウハウも欲しい。しかし一度自分で出来るようになれば、自分の国の中で外国に稼がせたくはない。これは過去に日本や韓国がやって来た事である。現に日本は戦後米国から技術を吸収して来たが、アメリカの製造業で現在日本で稼いでいる会社などほとんどない。外国の技術などにどうしても依存せざるを得ないもの以外は、結局は自分の国でやりたい。日本のデパート経営など、初めて見る時は眼を奪う華麗さがあるが、ノウハウを覚えてしまえば、何時までも日本企業に稼がせる必要はないであろう。

中国経済の躍進を止める方法はない。それは1960年代から80年代にかけて、米国が日本の経済的脅威の増大を的確に予見しつつも、それを止める方法がなかったのと似ている。

増大する軍事費

ここから先は国際政治、安全保障の問題である。中国の軍事費の増大は不可避であろう。予算というものはどこの国でも分捕り合いで、力の強い者が多く取る。中国における軍の発言力の強大さを考えれば、予算の伸びの相当部分を軍が取る事は当然であり、おそらく十年を待たずに軍事費は倍増し、十数年でそのまた倍、三十年後には十倍ともなろう。

キッシンジャーは第1次大戦前のヨーロッパについて見事な分析をしている。即ち、19世紀ヨーロッパは力の拮抗した五大国のバランスで平和が保たれていたが、ドイツの経済力の目覚しい進展により、国境線は変らないまま、ヨーロッパのバランス・オブ・パワーが変容してしまったというのである。中国の国力の飛躍的増大はアジアの力のバランスを、年と共に変えずには置かないであろう。

これに対する戦略は日米同盟強化が正攻法であり、また、それしかない。日本が集団的自衛権の問題を解決して、日本の持てる軍事能力をフルに日米同盟の共通目的に使えるようになれば、まだまだあと二、三十年は、アジアにおいて、すべての問題は平和的に解決するしかないようなバランス・オブ・パワーを創り出すことが可能である。

経済は流れにまかせるほかない。一億円儲ける場所が他にないのなら中国に行くしかない。その結果、19世紀の近代化に遅れをとって以来、塗炭の苦しみを味わった中国人民の生活水準が上がる事は隣人として喜ばしい事である。あとはそれによって生じるバランス・オブ・パワーの変化に十分に対応してアジアの平和を維持して行けば良いのである。


トップへ

英語版

ホームへ