岡崎久彦
≪期待薄い中国の姿勢変化≫
五月三十一日付の人民日報は、台湾の実業家、許文龍氏を名指しで批判し、大陸で儲(もう)けた金で台湾独立を支持するような台湾企業は歓迎しない、というスポークスマンの談話を掲載している。
これを読んで、私は来るべきものが来たという風に感じた。三月の総統選の結果を見ると、今後、台湾において中台統一を志向し、あるいは受諾する政権が生まれる可能性はまずゼロに等しくなったと言ってよい。
中国にとって正しい戦略は、この新しい現実をはっきり認識して、その台湾政策を抜本的に見直すべきなのであるが、現在の中国の硬直化した姿勢では、それは望むべくもない。とすれば、今後、中国はどう出てくるのだろうかと考えたのである。
一つは、香港に対して、より厳しくなるのではないかと考えた。香港の民主主義を尊重して、一国二制度の見本を台湾に示そうという動機が失われてしまったからである。この見通しは一部当たりつつあるように見える。
台湾については、一つは軍事的圧力の増強であり、これは既定路線を続けるということだが、それはすでに今回の予算にも表れている。もう一つが、経済による圧力である。
従来とも中国は、台湾の中国進出が進み、経済相互依存が深まっていけば、やがて台湾は中国に統一されざるを得ないだろうという見通しに言及してきている。
これはまともな経済学者、政治学者によって取り上げられたことのない議論であるが、漠然とこれを信じる人も少なくない。
≪8割が嫌がらせを懸念す≫
しかし、歴史の例から見ても、一国の安全保障とか独立とかいう問題となると、経済の依存度は全く関係ないと言ってよい
古典的な例は、第一次大戦の前にヨーロッパ諸国間の相互経済依存がここまで高くなったから戦争はあり得ないと言ったノーマン・エンゼルの予言がある。しかし、大戦勃発(ぼっぱつ)時、各国の指導者の頭の片隅にも経済相互依存度など存在しなかった。
同文同種でもドイツとオーストリアの間、アメリカとカナダの間では、経済の依存度がいかに深まろうとも、それは両国の独立とは全く関係のない問題である。 ただそういうマクロ経済と政治の間のレベルの話でなく、もっと低次元の、犯罪とまで言わなくとも、少なくとも不公正慣行のレベルでは政治と経済は関連している。
つまり政治的要求を受けいれないと、中国進出外国企業がハラスメント(嫌がらせ)や不公正な扱いを受けるということである。
日本の場合でも、高速鉄道の話をすると、すぐ小泉総理の靖国参拝が持ち出されるといったたぐいの話である。
台湾の場合はもっと深刻で、従来も独立派の企業はさまざまないやがらせを受け、今回の総統選では、台湾の企業は、国民党に多額の献金の圧力を受けたといわれる。
これは今後とも対中経済活動の大きな問題である。
私は日中間、中台間の経済交流が深まることは歓迎こそすれ心配していない。心配なのはそれが不正な政治的手段に利用されることである。
アンケートによれば、中国進出日本企業の八割は、政治と経済は関係があると答えているという。それは何も、マクロ経済と政治との相関関係を言っているのではない。八割の企業は、政治的理由によるハラスメントの脅威の可能性を感じているということである。
残りの二割は、独自の技術と実績があり、自分のところだけは大丈夫だという自信があるのであろう。
≪自制を繰り返して求めよ≫
これは他の国では全く見られない異常な状態である。この対策はハラスメントの例がある度に、政府から公式に中国に対して自制を求めることにあるのであろう。
もともと経済活動の自由に反する不公正な干渉であるのだから、公然と繰り返して咎(とが)めれば、態度を改めざるを得ないであろう。
この人民日報の記事を報じた米紙は論じている。「中国は民主主義とまで言わなくても、資本主義ぐらいは理解していると思ったが、そうでもないらしい」
明らかに不正な行為なのだから台湾の政府もこれを咎めてほしい。
もっとも、日本政府が同じようなことをする度胸があるかどうか、私自身、自信がないので、こういうことを申し上げるのもおこがましいという気持ちはあるが。
(了)