イラクの民族主義

(2004年6月6日付読売新聞朝刊【地球を読む】掲載)

岡崎久彦

 最近やや情勢はもち直しているが、四月から五月中旬までのイラク情勢は最悪だった。米国内でも、イラク進攻は失敗だったと政府を糾弾し、イラク政策の転換を主張する声が渦巻いた。

 撤退論もはじめて出て来た。中でもウィリアム・パフ(米コラムニスト)の論はイラクに関する基本的認識に疑義を提起している点で画期的なものだった。

 彼は、イラクを民族的宗教的に分裂している国と捉えず、ナショナリズムの国家と考え、米国の占領後反米ナショナリズムが燃え上がっている状況だと認識している。

 たしかに占領前から懸念されたスンニー派とシーア派の内戦は起こっていない。テロの指導者ザルカウィは、スンニー派が立ち上がる事が反米蜂起を実現するカギと考えた。そしてシーア派を攻撃して挑発し、両派の間の対立抗争を誘発しようと試みた。しかし、四月のファルージャの情勢は、そんなまわり道をする必要がなかった事を示している。その背後にあるものは、時を同じくして起きたシーア派のサドル派の蜂起と同じように、反米主義であり、それはイラク・ナショナリズムの一つの形と言って良い。

 実は、パフの論の基礎となっているものは、政策的意味合いは百八十度違うが、ネオ・コンの考え方と軌を一つにしている。

 イラク進攻の前から、また今でも、イラクのような国に民主主義を達成することがはたして可能だろうか、という疑念は常に存在していた。これに対してペンタゴンの指導者は、イラクは中東で最も非宗教化され、一般民衆の教育水準の最も高い国であるから、サダム・フセインの圧制から解放されれば、国民が自由と民主主義を求める可能性が大きい、としてきた。

 たしかに、女性のベールを取り、飲酒を許し、また技術教育中心ではあるが、一般民衆の教育を振興したのはサダム・フセインの統治の功績と言える。あるいは、フセイン時代にイラクは、部族国家、イスラム国家から、近代国民国家に脱皮する準備ができていたのかもしれない。

 近代国家の特徴は、一六四八年(ウェストファリア条約)以降はナショナリズムと非宗教化であり、一八四八年の革命以降はナショナリズムと議会政治、即ち何らかの形のデモクラシー(共産国家もデモクラシーを名乗った)であり、パフのいうナショナリズムも、ネオ・コンの考える民主主義も、同じ事の別の面を言っているわけである。

 マキャベリに言わせると、一国の体制を変えるのは難事中の難事であるが、体制が同じならば指導者だけを変えれば良い。イラクも近代国民国家の一員と考えればフセインだけは変えてあとはイラク国民にまかせれば良いことになる。

 最近のアメリカの論文では、アメリカはフセインの追放を達成した後はすぐに撤退すべきだったとか、バース党の統治機構を破壊してしまったのが占領の最大の失敗だったという論調もある。

 今になってそんな事を言ってもはじまらないし、また、過去一年間占領当局はそれなりの苦心と努力をしているので、その成果をふまえて将来を考えるべきであろう。

 シスタニ師(シーア派指導者)が即時総選挙を主張したのに対して、米国が心配したのは、総選挙でシーア派多数の政権が出来ることとなると、スンニー派とクルドが生存権を脅かされると感じて内戦になってしまう事であった。それを避けるために、占領軍の権力の下で、今年二月末に、今後とも少数勢力の生存権を保証する枠組みを作ったのである。

 最近になって、もう出来るかぎり早く総選挙による正統政府を作るべきだとの声が出て来ている。その結果はわからない。近代国民国家で多数の民族が平和共存している例は少なくない。民の望む所はひっきょうは平和な生活であり、特に生存権が脅かされないかぎり、流血は望まないからである。あるいは、イラクはまだ分裂傾向が強い国なのかもしれない。いずれにしても、それを試して見るための基礎的な準備はもう二月に出来ているのである。

 旧バース党員の追放解除の場合は、日独の占領の例から見ても、いったん追放して、後に必要に応じてそれを緩和するのは占領政策の常道である。その意味では、追放して旧体制とのつながりをいったん断ち切ったのは、一つのアセット(資産)と考えるべきであり、そこから後は、いかに有能な職業軍人やテクノクラートを見出して再雇用するかという問題である。

 私は今回ファルージャで旧バース党の将軍を登用した解決に一つの可能性を見る。それはどの国でも、軍はナショナリズムの重要なにない手だからである。

 イラン・イラク戦争のバスラ正面で屍山血河を築いて一歩も引かなかったのは、フセインに対する忠誠心からではなかったであろう。軍人としての職業意識もあったろうが、その背後にペルシャ人に対するメソポタミア人の歴史的ナショナリズムがあったとしか考えられない。それならば旧イラク軍の中にも光栄あるナショナリズムのにない手として尊敬されている軍人達がいるはずである。

 日本占領下のアイケルバーガー陸軍司令官は典型的な武人であり、大戦中の日本軍の武勇を賞讃してやまなかった。彼はソ連の脅威に備えるために、旧日本軍の俊秀を集めて日本軍を再建することを提案したが、マッカーサーに一蹴されている。

 もし彼の計画が実施されていたならば、その後の自衛隊は。戦後の左翼プロパガンダの渦の中で日本のナショナリズムの一つのにない手となり、対米関係においても、冷戦中絶え間なく続いたフリーライド(安保ただ乗り)の批判を避けるに値いする、真に信頼すべき米国の軍事的パートナーとなり、米英関係のような民主主義国間の協力を達成していた可能性がある。

 将来イラクがどういう国になるかまだわからないが、ナショナリズムがその国家の一つの芯となる事だけは間違いない。ナショナリズムの無い国家なるものが長く続くわけがないからである。それが汎アラブ・ナショナリズム、あるいは反米ナショナリズムとなった場合、アメリカのイラク政策は完全に失敗したことになる。

 米国には今でもイラク・ナショナリズムを味方につけるチャンスが残っている。それはイラクの軍、警察の伝統的愛国心を尊重し、その良きパートナーとなる事である。同胞の安全を守るという職務は当然愛国心の対象となる。

 自由と民主主義はおのずとついて来るであろう。今の世の中、どんな民族主義政権でも一度は、ーたとえそれが失敗するとしてもー自由と民主主義を試して見ないことは考えられない。まして、米国がその良きパートナーであり理解者である場合は尚更である。

(了)


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