岡崎久彦
≪反米一色の現地メディア≫
四月中のイラク情勢は進攻以来最悪だった。
この状況の発端であるファルージャとサドル派の問題を直接仕掛けた側は米国である。それぞれ、もうこれ以上甘やかしてはいられないという判断があったようである。裏から言えばこのまま放置しては主権移譲の障害になるという切羽詰まった判断であり、そこまで事態が悪化していたとも言える。
米側が仕掛けたのならばある程度成算はあったのだろう。現にファルージャの民 兵やサドル派のマーディ軍を軍事的に粉砕するのは赤子の手をひねるようなもので あろう。しかしそこで多数の死傷者を出し、とくにそれがモスクの周辺だと、宗派 を問わずイラク人全体の民心を離反させる恐れがある。
一般イラク人はあるいは内心では鎮圧を望んでいるかもしれないが、それがイラ ク・メディアの反米宣伝に百パーセント利用され、それがさらにイラク民心を反米 的にさせる恐れがあった。
現在の事態を招いたのは実はイラクのメディアの影響が少なくない。イラク占領 は日独の占領とあらゆる意味で条件が異なるが、マスコミの扱いはまるで違う。日 本の場合は過酷な言論統制で、過去の日本の罪状と占領の恩恵以外の情報は厳しく 統制されていた。しかしこの半年ほどのイラクの言論は、事実無根の誹謗(ひぼ う)や陰謀説など反米プロパガンダ一色のようである。
私は米軍のイラク進攻前に、言論統制は占領の疵(きず)になると警告した。し かしその疵を江藤淳が厳しく咎めたのはやっと半世紀経ってからであり、イラクの 現状を見ると、私の意見はあるいは理想論に過ぎたかとも思う。
≪勝ち抜く他に選択肢なし≫
他面私は今でも、この種の反米言論については、どう考えてよいのか分からない ものを感じている。日本でもNATO(北大西洋条約機構)諸国でも反米言論は激 しいが、韓国も含めて、どの国も米国との同盟を否定しようとしていない。つまり 一番肝心の所で人畜無害なのである。
イラクの場合は確かに実害はあった。もしイラクの言論が、フセインの旧悪糾弾 と民主主義の賛美だけに統制されていたならば、少なくともサドル派の問題は起 こっていなかったであろう。
ところが他面サドル派の力自体も衰えつつあるらしい。これを口で反米を唱えて も、それを実行に移すと支持が続かないという世界的現象の一つと考え、もしサド ル派問題が乗り越えられれば、やはり民主主義の原則の下の言論を自由にさせた方 が正道だったという事になろう。
他にも先行きに希望を持たせる兆候はある。米国が一歩下がって国連を前面に出 す政策は、少なくとも次に国連が失望、批判の対象となる時期までは、場を持たせ られる。
イラクの現状では誰がやっても同じような策しかなくても、米国ではなく国連の 政策だといえば当面通る。故奥大使が言ったように、イラク人の間に国連幻想があ る以上、これを使わない手はない。
といって悲観材料も同じ位多く、先行きは分からない。私はかつて米国は孫子の 言う死地にあるといった。つまり勝ち抜く以外に選択肢のない状況を言う。その状 況は全く変っていないと思う。撤兵論もチラホラ出てきたが、ブッシュもケリーも まだそういう論を顧みる状況ではない。
≪苦境の米国に為すべき事≫
こうした苦境にある米国に対して日本はどうすべきなのだろうか。私の意見はテ レビの録画などで常々言ってきているが、それが放送される時もされない時もある ので、ここで要約して申し上げる。
日本が自衛隊を派遣した最大の目的は日米同盟を守るためである。日米同盟さえ 強固にしておけば、われわれの孫子の代までの国民の安全と繁栄を保障できる。
望まぬことであるが万一犠牲者が出たとすれば、それは日本国民の長期的な幸せ のための尊い犠牲である。そこで自衛隊を撤退させたりしては、この尊い犠牲を無 にし、犬死にさせたことになる。
イタリア兵に多数の死傷者が出た時、イタリアでは犠牲者に感謝するグラッチェ デモに多数の市民が参加した。イタリア国民は、犠牲の価値を知っているのであ る。
よくアメリカに忠告するのが友人だという人がいる。友人が最も苦しい時に、ど うしてそんな事になったか説教しても何の意味もない。本人の方がよほど良く知っ ている。
今こそ、フレンド・イン・ニードとして日本国民の末永い安全と繁栄を守る布石 を打つ、まさにまたとない機会だと考えるべきである。