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第2のニクソン・ショックはあるか

by 岡崎久彦 on 2013年4月16日 15:45

 第2期オバマ米政権の外交チームの最近の言動を見ていると、かつてのニクソン・ショックのような日本頭越しの米中接触が訪れそうな懸念を禁じ得ない。

 若い人には分からないかもしれないが、ニクソン・ショックとは、1971年に、従来、日本の対中接近を抑えてきた米国がニクソン政権下、日本に何の事前協議もなくひそかにキッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障担当)の訪中を実現した転換点である。日本の政治外交に今に至る深刻な影響を残している。

 佐藤栄作政権はその前の70年安保問題を乗り切り、大阪万博の国民的お祭り騒ぎの下での政治的安定を誇り、福田赳夫政権への継承も予定していた。しかし、ニクソン・ショックで「米国が先に裏切った。もう米国の言うことなど聞かなくてよい」という、それまで抑えられていたマスコミ、世論の左翼反米言動が一挙に噴出して跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、福田継承も失敗して田中角栄大衆迎合政権を生んだ。

 外務省の中でさえそういう機運が強く、日米一枚岩だった対中政策には以来、日米共通の政策はない。冷戦時代、米独間に対ソ共通政策が欠けていたらと想像するだけで、事態の異常さ深刻さが分かろう。キッシンジャー氏訪中後、中国は共産国ではあっても日米の主敵ではなくなったが、この東アジアの大国について日米間に協議の場すらない異常状況が続いてきた。

 ニクソン・ショックは国際情報分析を生業とする私の転機ともなった。たまたま私が情報事務から遠ざかっていた半年間の、米中ピンポン交流や中国を孤立させないとしたニクソン氏のカンザスシティー演説を追いかけていれば十分予見できたことだった。あの時、キッシンジャー訪中を予告する電報を東京に送っていれば日本の政局にさえ影響していたかもしれない。

 世界中の情報機関が調査分析といえば共産圏情報に特化してきた中、国際情勢の大きな潮流を掴(つか)むには何より米国情報とその分析が大事だということを、恐らくは初めて悟らしめたケースだった。「共産圏分析家などは偉そうな顔をしているが、本当に難しいのは米国の動向の分析なのだ」とは時の牛場信彦駐米大使の感想である。現に、20世紀は、米国の出方を読み違えて滅びたドイツ(2回)、日本、ソ連などの帝国の死屍累々(ししるいるい)たるものがある。

 以来、米要人の演説や議会証言、主要紙社説、識者論文をフォローし米政治の流れを間断なく掴んでおく作業が、私の情勢判断の仕事の中心となっている。

 そこで、オバマ、バイデン正副大統領、ドニロン大統領補佐官、ケリー国務長官の言動を見ていると、第2のニクソン・ショック、つまり日本に断りなしの対中接近がいつあっても不思議ではないように思う。

 

日本は自ら見識示せ 頭越しに米中接触の可能性

 

 日本など東アジア・太平洋諸国の最大関心事は、オバマ第1期政権が打ち出したアジア回帰が継続されるか、それが米軍事力により裏打ちされるかである。

 ◆アジア回帰

 アジア回帰は、中国という言葉を一つも使わずに増大する中国軍事力、特にその周辺海域への影響力拡大に対抗する目的を示した政策であり、端的にいえば、中国自身が非難しているように、中国包囲網結成の政策である。1907年の英仏露三国協商も、「ドイツ」に言及しない対独包囲網であった。

 オバマ氏は2期目就任演説で、「我々は問題を平和的に解決する勇気を持つ。関与政策こそ長期にわたって猜疑(さいぎ)と恐怖を取り除くからである」と述べ、バイデン氏は夙(つと)にその論文で「冷戦的発想の対中戦略に与(くみ)しない」と明言している。

 ドニロン氏は最近の演説で、「米中関係をライバルや対立という概念では捉えたくない。そして、台頭する大国は既存の大国と衝突する運命にあるという論理には反対であり、我々は中国封じ込めも拒否する」と言い、ケリー氏は国務長官指名承認の公聴会でアジア回帰に一切触れず、「中国の脅威に関しては、指名承認された暁に非常に慎重に調べてみたいことだ」と韜晦(とうかい)しつつ、「全ての行動には反作用が伴う」として中国脅威論を戒めている。

 第2期政権の政策は、中東偏重を修正しアジアに向かうところまでは同じとしても、アジアについては中国の力との均衡維持ではなく中国との関与に換骨奪胎されている恐れがある。ニクソン・ショックの例を考えれば、2期目の政策が固まり次第、いつ日本の頭越しに米中接触があるか分からない状況だといえる。

 ただ私はそう心配していない。一つにはすることがあまりないからである。

 キッシンジャー訪中のように、冷戦のただ中に中ソ間に楔(くさび)を入れるような大戦略があるわけではない。形だけの軍事交流は従来も行ってきており、むしろ、中国側が時として不快感を表明するために、その中断を使っている程度である。

 互いに手の内をさらす米ソ戦略核交渉のような状況は、中国核戦略の極端な秘匿主義からして実現の可能性がまずない。米海軍主催の環太平洋合同演習(リムパック)への中国参加も、米国の手の内は多少示せても中国の手の内が分かるまでには至らないであろう。米中接近が単にナイーブさから来るものならば、やがては反発し合うようになると静観していればよい。

 中国勃興に対抗する大戦略は21世紀世界の大勢の必然であり、一時はブレてもそこに回帰すると思う。第1期オバマ政権の最初の年がまさにそうで、その年11月のオバマ訪中を控え、米国は対中宥和(ゆうわ)策を尽くしたものの、訪中後、雰囲気は百八十度逆転している。

 ◆対北協調か

 取り越し苦労かもしれないが、私が気がかりな点を2つだけ挙げる。

 1つは、最近中国の対北朝鮮姿勢が変化し、米中協調の可能性が出ていることだ。米中協力はもとより結構である。6カ国協議は中国が議長国として北京で開く会議で、中国はそれを再活性化したいだろうし、日本も反対する理由はない。

 ただ、ブッシュ前政権末期にクリストファー・ヒル国務次官補は、歴史問題などが未解決のアジアに、欧州の安全保障協議機構のようなものがないとして、6カ国協議にその役割を期待した。政権交代で実現しなかったが、6カ国外相会議の開催も示唆している。

 中国、南北朝鮮、ロシアが出席する会議で歴史問題など討議されては、日本はたまったものではない。6カ国協議はあくまで朝鮮半島問題に限る、という立場を堅持すべきである。

 ◆台湾がカギ

 もう1つは台湾問題である。中国は、米国が対中関係改善を欲した場合、それを台湾問題に関する自らの立場を改善する機会として逃さない。度重なる米中コミュニケは全部、その産物といってよい。そして、その都度、ブレーキをかけているのは米議会である。

 近年では、クリントン元大統領が訪中した1998年の3月初め、米紙ワシントン・ポストにジョセフ・ナイ・ハーバード大教授の論文が出た。台湾側が独立宣言などで中国を挑発した場合、米国は台湾を守らないとの確約を中国に与えるという内容で、それがクリントン訪中の際に表明されるという情報が流れた。

 私はすぐにジャパン・タイムズ紙に反論を書き、先遣隊として訪中の途次東京を訪れたオルブライト国務長官随行のスタンレー・ロス国務次官補に言った。「米政府はこんなことを約束できるのか。中国が真に受けて武力行使した場合、米世論、議会は自由民主主義の台湾を見殺しにするだろうか。結果として、朝鮮戦争前、朝鮮半島は守らないと言って北の南侵を招いたように、中国を騙(だま)して戦争に巻き込むことになる」

 その後の米政府内の事情は知る由もないが、この話は沙汰やみとなった。クリントン大統領は代わりに、帰途、上海の座談会という場を借り、いわゆる「3つのノー」を表明し、中国の歓心を買おうと努めた。それは帰国後、米議会に、ほぼ全会一致で拒否されることとなる。

 次の米中首脳会談、特にオバマ訪中に際しても、中国が台湾問題で少しでも米国の譲歩を得ようとすることは想像に難くない。過去の例では、米中関係進展の成果を示すために、米国は一方的に譲歩している。

 日本が口を出すことではないとの意見もあろう。だが、台湾は東アジアの安全保障で最大の問題である。米国を別にすれば、この問題で日本以外に誰が関心を持つ資格があるのだろう。日本が自らの見識を持ち、それを表明するのは当然かつ正しいことだと思う。

 それは、日本政府の意見でなくてもよい。98年の例では、一介の個人の意見が米政策に影響を与えた可能性がある。それが米国という国の懐の深さである。個人の意見であろうと、大統領の意見であろうと、正論が戦わされる場はいつでも存在する。その場で勝つことが、対米外交である。

 

【用語解説】ニクソン・ショック

 ニクソン氏は1971年に、ブレトン・ウッズ体制を崩すドルと金の兌換(だかん)停止も発表、そちらを指す方が一般的だ。キッシンジャー極秘訪中~翌72年のニクソン訪中-米中国交正常化と併せて、「2つのニクソン・ショック」とも言う。

 

2013年4月10日 産経新聞

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