岡崎久彦
米国はこの夏甚だしい苦境に立った。
フセイン政権を倒し、パレスチナではアッバス政権を擁立してロードマップ(行程表)を合意させたこの春四月の頃は前途洋々を思わせたが、八月に入ってテロが続発し暗雲が漂っている。
ただ、イラクの形勢はまだ決定的に悪化したわけではない。攻撃前に危惧された民族間宗教間の深刻な対立は起こっていない。自由化民主化そのものには抵抗はない。ただ非イスラムの占領者に対する漠然たるアラブ・ナショナリズムの反撥はあり、その中でアル・カーイダ、バース党の残党の散発的なテロとサボタージュが後を絶たないという状況なのだから、今後治安が改善されるにつれて事態は沈静化し、民主化が進展する可能性はまだまだ十分ある。
パレスチナの方はもっと深刻である。ロード・マップはまだ紙の上では存在しているが、その基礎である政治的環境、相互信頼関係は過去の中でも最悪の時期、例えば二〇〇二年春頃の状況に戻ってしまった。
パレスチナ問題などは過去六〇年間誰がやっても解決できなかった問題だから、とり敢えず見送って、イラクだけを解決すれば良いというわけにもいかない。それはイラク攻撃前にブッシュ米大統領が高らかに掲げた目標、すなわち、イラクをフセインから解放し、パレスチナに平和をもたらし、全中東に自由と改革の旗を掲げるという理想からの撤退を意味する。
理想は理想として現実と妥協するといっても、そうもいかない。パレスチナの解決に失敗して米国が権威を失墜し、イラク内やアラブ諸国の反米アラブ・ナショナリズムが勢いづいた中では、イラク占領もますます困難を増そう。米国の理想と逆の意味でイラクとパレスチナは一体の問題となっている。
アメリカはもう中東から引くに引けない。もし引けばベトナム撤退の比ではない悪影響があろう。ベトナム撤退の時は冷戦中であり、西側陣営も米国の下に結束し続けた。今米国が引けば国際社会は砂の如くバラバラになってしまう。
中東はもう誰も責任を取らない地域となり、今のシャロン・イスラエル首相の政策が続けばやがては第五次中東戦争もあろう。米国の権威が落ちれば核不拡散体制は崩れ、北朝鮮、イランは名実ともに核保有国となり周辺諸国に脅威を与えよう。西欧、ロシア、日本では無責任な反米主義が跳梁し、各種の欲求不満発散のためのテロが世界に頻発する事となろう。
こうなっては引くという選択肢は米国にはない。「こうなる」所まで来るべきではなかったという論はあり得る。一番月並みで誰でも言えるのは、国際社会の十分な支持なしに戦争したのが悪いという批判と、今後は国際社会の広い支持を得るよう努力すべしという政策論である。
しかし、戦争前にパウエル米国務長官が国連決議一四四一までに漕ぎつけた懸命の努力をみると、あれ以上の事が可能だったかどうか疑わしいし、今後多少の国際的参加は増やしても、無いよりましという程度で、結局は主な仕事は米国の努力にかかって来る事は避け難いのであろう。また仮にその批判が当たっているとしても、警告を無視して登山して遭難した人に、今更「だから言ったじゃないか」と言っても無意味で、救助するしかない、という論説も米国で出ている。
孫子の兵法第十一章に「死地」という言葉がある。ほかにどこにも行き場の無いのが死地であり、そこでは直ちに全力を尽くして戦う以外に活路はない。孫子全十三章のそれまで十章を貫く思想は戦わずして勝つ事にあり、死地に入る事などは下の下策という事になる。
ところがそこが孫子の懐の深さであって、死地に入ったらばおしまいというわけではない。むしろ全力を尽して戦う以外に活路がないと覚悟させると兵は強くなり、戦いに勝てるようになると説いている。呉越同舟(舟が沈みそうな場合はふだん仲が悪い呉と越の人でも協力するの意)の譬えもこの章にある。「善く兵を用うる者、手を携る如くせしむるは、人をしてやむを得ざらしむるなり」。
このあたりの所はアメリカの識者もわかっている。a must-win(勝つしかない)の状況という表現も使っている。私が六月の本欄で、騎虎の勢い(英語ではポイント・オブ・ノー・リターンと訳した)と書いたのもこの意味である。
大規模テロが相次いで世界に不安が走った後、ブッシュ大統領は九月七日のテレビ放送で不退転の決意を表明し、一般の予想を上まわる十兆円の追加予算を要求した。このままだといくら金がかかるかわからないという一般の危惧に対して、むしろ正直に必要な経費を国民に訴えた方が良いという考えのようであるが、今までの所、これに反対する論説はない。あるのは、それならもう減税などという共和党の人気取り政策はやめるべきだとか、国際社会の支援をもっと求めろとかいう論だけである。
問題はアメリカの世論がいつまでこれを支持し続けるかである。今の所引けという議論は全く無い。戦後の犠牲者の数が戦時中のそれを上まわっても何の影響も無かった。9・11の経験が肌で感じて残っている事と、やはり自由と民主主義というアメリカの価値観を掲げる事に誰も違和感がないからであろう。
ちなみに、今後米世論に変化の予兆があれば、もうこれは見逃さない事は出来ると思う。二十世紀の世界は、事実上二十世紀の独裁者であった米世論の動向にしばしば注意を怠って来た。もうこの誤りを繰り返さないだけの教訓をわれわれは得ていると思う。
世論が変わらない限り、米国はおそらく中東で成功するのであろう。というよりも、成功するまでやるのであろう。金持ちと貧乏人がゲームをして、金持ちが勝つまでは帰さないと言えばいつかは金持ちが勝つ理屈である。イラクで米国が成功すれば、それはパレスチナ問題も進捗させる効果があろう。
さて、米国は今後どういう国になるのであろうか。十兆円の追加予算で米国防費は国内総生産(GDP)のほぼ4%になる。冷戦末期に6%を超えた時、ポール・ケネディ(米文明史家)は「大国の興亡」で警告を発した。二十一世紀初頭、3%の頃、同じケネディは、驚くべき安価な帝国維持費と評価した。その中間の4%と双子の赤字は今後二、三年は続くと考えた方が良い。冷戦時と較べればまだまだ余裕があるが、それでもある程度財政負担のプレッシャーを感じる状態となり、日本もこの点注意してつき合う必要もある国となろう。
日本の国益、つまり日本国民の安全と繁栄にとって、米国が成功した世界の方が失敗した場合より望ましい事は勿論である。そしてそれを実現する過程で、同盟国アメリカが苦しい時期を乗り越えねばならないことを理解すべきである。この二つの認識さえあれば、派兵、資金援助を含めて日本の取るべき対米協力の態度は自明の事である。
そして早く集団的自衛権の問題を解決して、今のようにシンボリックな意味はあっても実際の役に立てるには障碍が多すぎる自衛隊派遣の形を改め、真の同盟国、友人として尊敬される対等の日米協力関係を実現し、国際社会において敗戦以来の旧敵国的状況から脱するこの絶好の機会をミスすべきでないと思う。
アフガン特措法の延長など必要最低限のことである。北大西洋条約機構(NATO)のようにアフガンの治安維持に参加することが出来ないから艦船の給油をしているのである。それを「何時までガソリン・スタンドをするのか」と生意気を言うのは、集団的自衛権の問題を解決してから後の話である。
(了)