岡崎久彦
九・一一以降世界は変わった。そしてイラク攻撃は更に重大な転機となろう。
何が変わったかと言えば、現代世界の独裁者ともいうべき米国の世論が変わったのである。米国は二十世紀に入った時すでに国力で世界最強の国であったが、それが必ずしも常に世界を主導する国でなかったのは、米国の対外政策、そしてその基礎にある米国の世論が安定性を欠いたからである。
二十世紀初頭のT・ルーズベルトはフィリピンは俺に、朝鮮はお前にという、日本にとってわかり易い帝国主義者だった。そこにウィルソンが登場して民族自決だという。そして国際紛争は国際連盟中心の法の支配で解決されるべきであり、同盟による勢力均衡などは旧世界の悪しき慣行だといって、日英同盟など廃棄させてしまう。
しかし自らは連盟に加入せず、孤立主義でとじこもってしまう。第二次大戦以降は必要に迫られて、国際秩序維持の責任を取るが、やがてベトナム戦争で挫折してまた引っ込んでしまう。そして二十世紀末頃には、米国兵の犠牲者がゼロならば、国際秩序維持に参加しても良いという中途半端な姿勢だった。
ところが九・一一以降、米国世論が変わったらしいのである。即ち、内においては愛国主義、同胞援け合い精神、外に向かってはポジティズム(積極介入主義)となった。それが何時まで続くかわからないが、もう一年間続いている。
もしそれが続けば、それは世界にとって悪い事ではない。ローマ帝国が、後の時代のように傭兵でなく、自分の市民をブリタニアにまで送り出しても、辺境の秩序を維持しようとした時代が、人類が最も幸せだったというパックス・ロマーナの時代だった。
それはアメリカの世界帝国の始まりかもしれない。ブッシュ政権が発足早々に、過去百年来初めてバランス・オブ・パワーに言及し、そして九・一一によって、世界の辺境まで治めないと米国の中枢部も安全でない事を学んだ結果、米国は新しい時代を迎えたのかもしれない。
ここまでは、米国の変化であるが、もしイラク攻撃が成功した場合−イラクにおいて民主主義を志向する親米政権が出来た場合−それが国際政治に及ぼす影響は深大である。
それは、パレスチナ、イラン、湾岸の諸国に大きな政治的衝撃を与え、米国は権威の増大と行動の自由を得る事になろう。中東に限らず、ロシアの親米傾向は確立し、北朝鮮は来るべき最後通牒に備えて、妥協を図らざるを得ず、中国も米国の威に抗するのは慎重になろう。
もし失敗すると、米国の権威は少なくとも一時的には失われ、中東は混迷し、ロシアは方向を見失い、西欧、日本では旧態依然の反米リベラルが息を吹き返し、中国は再び尊大となろう。
真実は二つの極端の中間にあるというが、この場合おそらく中間はないのであろう、とすれば、もはやブッシュ政権は騎虎の勢いである。何としても成功させようとするであろうし、その分だけ成功の確率は高くなる。控え目に見ても七、八割の成功の確率はあろう。
さて、日本はどうすべきか。常識で考えて、これだけ確率が高ければ、勝ち側に賭けるのが国益である。おそらく世界中の国が、今は何のかのと言っていても、結局は勝ち馬にのるのであろう。サウジなどは今の所、非協力の姿勢であるが、賭けに負けたときの危険はよく知っているであろうから、最後まで非協力のままではないかもしれない。
ただ日本にとっては賭けの勝ち負けの問題ではないであろう。同盟国米国がもう引返せない状況で、ここを先途と成功させようとしている時に、これを支持するのは友人として当然である。しかも、これに成功した場合の国際情勢は、当面の最大懸案である日朝交渉をとって見ても、日本にとって有利な方向に展開するのだから、日本の国益のためにもその成功に協力すべきであろう。
ここ数カ月内に世界は激動期に入る。激動期に必要な事は、枝葉末節の議論に惑わされず、日本外交の究極的目標は、国民の安全と繁栄にあり、そのためには日米同盟の維持強化しかないという座標軸を見失わない事である。
日本の国内事情で、具体的に出来る事と出来ない事があるのは、現時点で米国も理解するであろう。要は同盟国米国の政策を理解、支持する政治姿勢に疑いなからしめる事である。
(了)