靖国神社の遊就館の展示の修正作業が進んでいる

2007年02月 産経新聞 掲載予定
岡崎久彦

  靖国神社の遊就館の展示の修正作業が進んでいる。地図などの修正は手間がかかるので最終的な完成目標は今年の七月の予定であるが、従来問題とされて来たような箇所の修正はかなり進捗した。それに随って、また新たに批判や建設的意見が出てきている。

グループの作業の成果であり、全部私が書いたわけではないが、初めからこの作業に関与してきたこともありこの際私の考え方をご説明したいと思う。

一言で言えば、当初からの私の目的は靖国神社の知的品位(英語ではインテレクチュアル・インテグリティー。知的正直さ、といっても良い)を護ることにあった。

知的な不正直さ、牽強付会な弁解とられる見苦しい表現などを除くことが第一の基準である。ほかの物差し、特に特定外国の反応についての思惑は、意図的に考慮から除外した。記述の知的品格が第一であり、それが、変転する国際情勢において、外国でどういう反応があるかということは、考慮外としたのである。

こういう抽象的な言い方より短刀直入に問題点を説明したほうが良いかもしれない。 

ローズベルトが大不況から抜け出すために日本に戦争を強制したという記述は、歴史上の事実ではないし、いかにも下司の勘ぐりの印象を与えて靖国の権威を汚すと思ったので真っ先に削除した。

しかし、ハル・ノートは事実上交渉の打ち切りであり、後は日本の攻撃を待つだけだということを意味するスティムソン日記の新たな引用には異議は唱えなかった。

ローズベルトが何とかして日本に最初の一発を射つように仕向けようとしたことは歴史の事実であり、これを指摘することは、靖国の知的品格をなんら傷つけるものでないからである。キッシンジャーは『外交』の中で書いている。

「ローズベルトは日本が(ハル・ノートを)受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。アメリカの参戦は偉大で勇気ある指導者の並々ならぬ努力が達成した大きな成果であった。」日本が直接アメリカを攻撃しなければ「彼の仕事はもっと複雑だったろう。しかし彼の道義上かつ戦略上の確信に照らせば、結局は彼が自由の未来とアメリカの安全にとって不可欠と考えた戦争にアメリカを参加させたことはほとんど疑いない。」

私はこの解釈に賛成である。ローズベルトが日本を戦争に追い込んだのは、不況からの脱出のためというよりも、ローズベルトから見てのアメリカの戦略的、道義的観点からだったというのがより正確であろう。だから私は日米戦争に到る経緯の中に一九三七年の「隔離演説」の特記を必要と考えたのである。

支那事変については、その発端となった盧溝橋事件、それを早期に解決しようとしている矢先に次々に起きて解決を不可能にした広安門事件、通州事件、それから北支の局地的事件を必然的に全面戦争に導いてしまった第二次上海事件、これがことごとく中国側の挑発によるものであることは歴史的事実であり、この点を譲歩する気は全く無い。

敗戦後、張作霖爆殺事件、満州事変、第一次上海事件などの背後に日本軍の関与があったことが明るみに出たが、支那事変勃発の経緯については、東京裁判の中でさえ、日本側の責任は問われていない。

ただ私は前記米国の場合と同様、だから中国が悪いと言っているわけではない。もともと歴史は真実を求めるべきものであり、その是非善悪を論ずるためのものではないが、中国側がそこまで挑発した原因としては、そこに到る日本の行動がある。

特に、満州事変後の日中関係が一九三三年の塘沽停戦協定で安定を見た後の、日本側による長城以南の北支工作こそ戦争の原因と言える。戦後はすべてを軍の責任に嫁し、他の責任を回避する傾向があり、それは卑怯な史観と言えるが、この北支工作については、出先の軍の独走であり、これが日本の国を誤った最大の原因であることは疑いない。

蒋介石の回顧録を読んでも、日本よりもむしろ共産党との対決を優先させようとしていた蒋介石が日本の軍の北支工作に腸の煮えくり返るような想いをしていたのがわかる。

そして一九三七年初頭の西安事件以後、抗日統一戦線の機運の盛り上がっていた中国において、もうこれ以上日本の横暴を許さないという雰囲気が瀰漫していたのは事実であり、それが支那事変当初の、中国側のイニシャティブによる数々の事件の背景にある。

だから、今回の作業で、支那事変に到る経緯説明の中に、「北支工作」の四字が入った瞬間、私は今回の作業の目的の半ばが達成された思いであった。

なお南京事件については確実な史実に基づいて書けるのはここまでというところで留めてある原文を尊重した。外国の反応を慮っての、それ以上の修正は、伝聞やプロパガンダの説の引用となり、そうすることは靖国の知的品格を傷つけるものと思う。

この種の作業は、本来は、全部初めから書き直すべきものであり、部分的に直しを重ねたのでは最終的完成度にどうしても限界がある。いつかはそれが必要であろう。現在のところ各種批判に対する答えは修正前と比較して見て下さいというしかない。

しかし今回の新しい展示の内容については私は全責任を取る覚悟がある。すべての修正や追加は、私が提案したものでなくても、少なくとも私が了承したものである。

今回ほど私が無位無官であることを有難く思ったことはない。私が、政府の補佐官とか参与とかの肩書きを持っていたらば、到底こういう仕事は出来なかった。「総理に報告していますか」とカマをかける新聞記者も居たが、そういうことは全く無い。おそらくは総理は私のしていることをご存知ないと思う。

世の中には完全なものはないし、まして歴史は百人百様の解釈が有り得る。政府が責任を持てるはずはない。悪いところがあれば、「悪いのは岡崎」である。

この作業の過程で、私は昨夏以来十回以上も靖国神社を訪れた。当然その都度本殿に参拝した。初めは普通の素人の礼拝だったが、回を重ねている中にやはりこれは尋常の神社でないということが肌で分かって来た。

二百万以上の霊、中には例外はあっても、そのほとんどがお国のための犠牲と観念して亡くなった霊のまします場所など世界でも例が少ないであろう。表示に随って、二礼二拍一礼すると、別世界に入って心が洗われる感がする。今まで知らなかったそういう世界があることが分かるようになっただけでも有難いことと思っている。



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