岡崎久彦
六月三十日のイラクの主権回復後、自衛隊が多国籍軍の中で、引き続き駐留するという政府の決定に私は賛成である。
それについて、とかくの批判はある。手続き面では、小泉総理が国内の各方面に十分に相談しないで、ブッシュ大統領に約束したことについて批判がある。実質的内容面では、「多国籍軍の統合司令部の下にある」といいながら、「その指揮下にない」というのはいかにも無理があり、「実質は、その指揮に従わざるをえないのではないか」という疑念がある。
しかし、私にいわせれば、こういうことはすべて末梢(まっしょう)的な議論である。
自衛隊をイラクに派遣した本来の目的は、日米同盟の維持・強化である。
他にも、国際協調であるとか、イラクの人道支援であるとか、それなりに意味のある目的はあるが、軍隊の派遣はどの国にとっても国の安危に関する重大事であって、軽々に決すべきものではなく、日本の場合も、日米同盟の強化という国家戦略あってこその派兵である。
日米同盟が、今後何十年にわたる国民の安全と繁栄にとって不可欠であることは、いまさら繰り返すまでもないことであろう。元社会党の村山富市総理が、「安保堅持」を闡明(せんめい)したということは、国民の九〇%以上が日米同盟の堅持を支持しているということである。
現に反米を口にし、イラク戦争に反対する人でも、日米同盟に反対ですかと訊(き)くと、「とんでもない。私はそんなことはいっていない」という答えが返ってくるのが常である。
その日米同盟を守るためには、今イラク派遣の自衛隊を引き揚げうべきもないことは誰もが常識で解(わか)る。
仮に民主党が政権をとっても、戦闘地域になったからなどという日本国内でしか通用しない理由で撤兵して日米同盟関係を損なうことなど、到底できないであろう。
どうせ政権がとれないのだから、政府のいうことには何でも反対するという、旧社会党的な無責任体質がいまだに残っているのは残念である。
ところが、多国籍軍はイラク政府の正式招待で駐留するのであるから、日本としては駐留継続のためには多国籍軍の一部になるしかなく、他面、指揮下に入ると、その任務に日本のコントロールがなくなるというので、現在のような形になっているわけである。
私が小泉総理の決断を高く評価するのはこの点である。日本国民の末永い利益のためには、自衛隊を撤収しうべくもないという常識的判断がある以上、「そうと決めた。細かいツメは部下にまかせる」という決断である。
日本の指導者は従来こうした態度がとれず、決断の時機を失して、せっかく良いことをしながら、国際的に評価されないことがあまりにも多かった。
小泉総理の場合は、逆に、他国より少ないたった数百名で、しかも非戦闘地域にしか行かないという中途半端な派兵でありながら、米側に高く評価され、日米同盟の強化に貢献している。それには、現ブッシュ政権に知日派が多いという幸運もあるが、その幸運を増幅して日本国民の利益につなげているのは、この決断のおかげである。
ただ私としては、今度のようなことは二度としてほしくないとおもう。
「司令部の下に入るが、指揮下にはない」-こんなことが国際常識で通用するだろうか。米英側の反応は想像にあまりある。
「何かわけのわからないことをいってきたな」とは思うが、知日派のわけ知りが「日本という国はいつもこうなんだ。いうことをきいてやれ」というので「まあ、いいや」ということであろう。
しかも、日本が要求するのは、日本だけ得をする話、つまり日本人だけは危ないことはしない、ということなのである。
外交当局は、恥を忍んでそういう交渉をせざるをえない。しかし、それは交渉当事者の恥だけでなく、国際的にみて、日本という国家が恥をかいていることを認識すべきである。
問題はいうまでもなく集団的自衛権である。一日も早く、権利はあるがその権利を行使する権利がないというような愚昧(ぐまい)さを脱して、国際場裏で恥ずかしくない国になってほしい。
今回は何とかこれでいい。しかし次の機会までにはこの問題は是非解決してほしい。
(了)