岡崎久彦
「靖国」対中提言 西に軍配
次期首相選びが内外の注目を浴び、首相の靖国神社参拝をめぐる経済界の提言に中国への配慮がみられた。首相選びが外国の影響を受けかねない状況について、識者らの意見を聞いた。一回目は岡崎久彦元駐タイ大使。
時を同じくして、東京の経済同友会と関西経済同友会が、靖国問題など対中、対韓外交について提言を出した。
東京の提言は、「しかし、『不戦の誓い』をする場として、政教分離の問題を含めて、靖国神社が適切か否か、日本国民の間にもコンセンサスは得られていないものと思われる。総理の靖国参拝の再考が求められると共に、総理の想いを国民と共 に分かち合うべく、戦争による犠牲者すべてを慰霊し、不戦の誓いを行う追悼碑を国として建立することを要請したい」と言っている。
関西経済同友会は言っている。「いわゆる歴史認識問題は、古今東西、地球上に数多(あまた)存在する普通の事象であり、過度に拘泥する必要は無いと思われる」「中国や韓国の政権が、反日感情を体制維持のために利用しているように映る現状について毅然(きぜん)とした態度で臨み、正しい相互理解促進の観点から、修正・謝罪・透明化を率直に求める」「中国の覇権主義を思わせる状況と韓国の北朝鮮迎合的な傾向に対しては、両国とのより良き関係構築の観点から、政府・議員・官僚はより毅然とした態度で外交交渉に臨むことが肝要である。経済人も、また然るべく民間交流に努めるべきである」
靖国参拝については、「注」として、一九八五年の中曽根康弘首相参拝まで、中国はA級戦犯合祀(ごうし)や、総理の靖国参拝などを問題視しなかった事実を挙げて、「これらの事実から判断して、中国の参拝批判は政治的に途中から作り出された外交の交渉カードと考えるのが自然である」と書いている。
文章の品格、国際情勢の読みの深さ、いずれが優っているか、一読すれば自明であり、これ以上喋喋(ちょうちょう)する必要は無い。
とくに政策提言はその前提として情勢判断が不可欠であるが、関西の情勢判断は事実に即して的確犀利(さいり)であるのに較べて、東京の提言で情勢認識らしいものと言えば、「首脳レベルでの交流を早急に実現する上で大きな障害となってい るのは、総理の靖国神社参拝問題である」のくだりだけである。
これは、総理は何時でも会うと言い、先方が一方的な注文をつけている事実を述べただけでその背後の情勢判断は皆無である。そして総理が中国の内政干渉を受け入れた場合、その後の日本の利害得失の分析にまったく欠けている。
せめて経済面でこれだけの損害を受けているという分析でもあれば、商利を国益に優先させているという批判はあっても、経済団体の提言としては、まだしもであるが、ただ首脳会談を実現させるためだけの提言というのは、無意味というか素っ頓狂としか言いようがない。
中国との経済関係といえば伝統的に関西の方が遥かに深い。その関西が示している節度と較べて東京の態度はよそながら恥ずかしくて見ていられない。
私は経済同友会には知己は多いが、幸いにして今回の提言の背景については全く 知らない。だから個人の顔を思い浮かべずにはっきり物が言える。
このような、素っ頓狂な提言を、しかも、経済の緊急な必要があるわけでもない、高度に政治的問題について、反対意見があるのに強引に多数決で通したのはどういうことなのか、不可解であり、訝(いぶか)しさを禁じ得ない。
背後関係については知る由も無く、また、この種の情報は決して表にでることはないが、誰しも考えるのは、関係者に対する中国による利益誘導か、あるいは脅迫である。
最低の線として、今回の提言を推進した人間は中国に対して今後良い顔が出来ることになるのは間違いない。また、対日工作をしている中国側担当者があったとすれば、大手柄であろう。惜しむらくは、関西経済同友会まで手がまわらなかったことであろう。もし東西同時に経済界が靖国参拝反対の狼煙(のろし)を上げていたらと思うと慄然(りつぜん)とする。
地方健在なりとの感がある。江戸時代以来、日本は地方に確固たるインテレクチュアルな中心があり、独自の見識を示して来た。今回については関西の見識が東京に優っていることは歴然としている。こんな粗雑な素っ頓狂な提案で日本を動かせると思うのは東京の思い上がりである。