自民圧勝を読む

 (平成17年9月13日 産経新聞朝刊)掲載

岡崎久彦

【正論】「自民圧勝」を読む 歴史的勝利に安逸を貪る なかれ  絶えず前に進むのが政治の極意

《思い起こす69年の総選挙》

冒頭から私事にわたって恐縮であるが、自民党の圧勝については私は思い 出がある。一九六九年暮れの総選挙で、佐藤栄作総裁率いる自民党は二百八 十八議席を獲り、社会党は記録的な敗退を喫するという、ちょうど今と同じ ような状況となった。

その前の一年間は大学紛争など、いわゆる七〇年安保闘争で明け暮れた。 六〇年安保で岸信介内閣打倒に成功した左翼反体制勢力は、七〇年安保を期 して革命を呼号していた。それに決着をつけたのがこの総選挙であった。

当時、私は一介の外務省課長の身であったが、佐藤総理の演説書きなどを お手伝いしていた。私は総理側近に、自民党が大勝した今こそ岸内閣がし残 した仕事、とくに憲法改正などに手をつけるときだと申し上げた。

しかし、「大成功をした後で、そのまた成功を賭けに投じた政治家の例は ない。あとは晩節を全うするだけだ」という、分かったような分からないよ うなことを言われて、若輩としてそれ以上何も言えなかった。

明けて一九七〇年は大阪万博の年である。誰も彼もが一年間の政治の平和 を楽しんでいた。ただ、それは一時の偸安(とうあん)(目先の安逸をむさ ぼること)に過ぎなかった。ニクソン・ショックに始まる激動の中で、佐藤 内閣は晩節を全うするどころではない終末を迎えた。

七〇年安保のときの外務事務次官、牛場信彦氏は後々までも、折があると 「どうして一九七〇年の一年間をムダにしたのだ!」と嘆惜(たんせき)痛 恨しておられた。

《二つの政権の決定的違い》

一九八六年の総選挙で、自民党は三百議席で圧勝した。当時のマスコミな どは、「中曽根康弘総理は、ここで潔く引退した方が力を残せる」などと、 おためごかしのようなことを言って、総理続投の足を引っ張ろうとした。

私は当時、サウジアラビアの大使だったが、たまたま休暇帰国中であった ので、中曽根総理に、七〇年安保当時の話を申し上げた。これに対して総理 は「牛場さんの悔いは繰り返さない」とはっきり言ってくださった。

別に私の進言のためではなく、総理はもともとそういうお気持ちであった のだろうが、それから後の任期の間に、中曽根内閣は防衛費のGNP(国民 総生産)1%の枠を撤廃し、レーガン米政権の宇宙防衛計画への参加を決定 し、国鉄を分割民営化し、そして、次の竹下登内閣の時に消費税となって実 現する売り上げ税法案を提出した。

政権を降りた後の中曽根総理と佐藤総理の発言力の差は歴然たるものがあ る。絶えず前に進むのが政治の極意なのであろう。最も戒めるべきは偸安で ある。

ここまで書けば私の申し上げたいことはもう分かっていただけると思う。

ただ、もう一つ追加して私が言いたいのは、現在、日本の国にとって千載 一遇のチャンスが訪れているということである。

それは、あと三年続くブッシュ政権が日本に好意的な政権であり、ブッ シュ大統領と小泉総理の間には、これも小泉総理が日本のために作った財産 であるが、確固たる信頼関係があり、それを反映して議会、言論界の中でも 親日的傾向が強いことである。

日本には、最終的には憲法改正に至る戦後の残滓(ざんし)の清算の問題 が残っている。その中でも、集団的自衛権の解釈の誤りを正す問題は緊急を 要する。解釈変更の後はガイドライン改正などの作業が必要であるからであ る。これをブッシュ政権の間に仕上げたい。

それは米民主党政権でもできるかもしれない。しかし、クリントン政権の ように、アジア担当者がことごとく中国専門家で、反日とまで言わなくても 日本に好意的な人物を見いだすことが難しいような政権だと、中国は当然そ れに働きかけるであろうし、日本の左翼勢力、マスコミも、これに通じて妨 害工作をする余地が生まれてくる。

《増税も国救うため蛮勇を》

もう一つは消費税の増額である。増税は当然に国民に人気がない。現に竹 下内閣はそれでつぶれた。しかし、竹下総理は、私がタイでお迎えしたと き、秘書の自殺直後で、もう引退寸前だったが、「消費税だけは後世に残 る」ともらしておられた。もしあの時に消費税を導入していなかったなら ば、現在の日本の財政はどうなっているかと思うと慄然(りつぜん)とす る。

小泉総理が今でも自民党をぶっつぶす覚悟がおありならば、後世のため、 お国のために、もう一息の蛮勇を期待したい。(おかざき ひさひこ)



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