米政権とこれからの日米関係

2005年 『新国策』 2月号 掲載

岡崎 久彦

 ブッシュ政権は大変な親日政権だが、どうして親日政権になったかというところからお話を始めたい。

 一九七〇年代にまで遡る。一九七〇年代というのは、冷戦時代の真ん中だが、非常に不思議な時期であった。そのころは俗にデタント時代と言われ、日本もヨーロッパも全部そうだったが、「もう冷戦は終わった。デタントの時代だ。ソ連の脅威を言うのは右翼反動である」という雰囲気だった。まさにその真ん中の一九七五年にサイゴンが陥落し、アメリカ軍は撤兵し、もう介入しないということになった。ソ連があちこち出てくるが、そういうことは全く放っておくというのがデタントの時代であった。

 七五年にヨーロッパ中の国の代表がヘルシンキに集まって、全欧安保会議が開催された。そして「今後、国境の変更には武力を使わない」ということを決めた。このとき「これでもう冷戦は終わった」と言う人が多かった。

ソ連というのは変な国で、それまで平和条約というものをひとつも結んでいない。勝手に他所の国を取って、勝手に国境線を引いて「俺のものだ」と言っているだけで、誰もその国境線を認めていなかった。しかし、七五年の宣言で、「(国境とは言わないで)境界線は武力で変えない」と決め、これが平和条約の代わりになったのである。

 この間一九七二年と七九年に石油ショックがあり、世界最大の産油国ソ連にカネがどんどん入るようになる。そしてそのカネを使ってものすごい軍備増強をやるわけである。軍備増強を始めたのはキューバの屈辱以来だが、カネが入ってきたものだから、軍備増強にますますアクセルがかかった。これは放っておくと危ないのではないかという時代が来た。

 その頃でも、また今でも「ソ連の増強は見かけ倒し(だった)じゃないか」と言う方がおられる。しかし七〇年代の終わり頃は、ソ連はやはり相当の脅威だった。技術的には大きな格差はあったが、技術格差というものは量で埋められるのである。つまりミサイルの命中率が、仮にソ連が九〇%でアメリカが九九%とすると、これを九九%までに上げるのは技術的に大変だが、二本持てばいい。一発目が来ると生存率が一〇%で、そこにもう一発来てまた一〇%だから、九九%になってしまう。三本持つと九九・九%になってアメリカを凌ぐ。実際にたくさんの本数を持っていて、本数を計算するとどうも追いつくか追い越されるという状況があった。それが七〇年代だ

その最後のころ、米国は民主党のカーター政権であった。あのころブレジンスキーやホルブルックは、「朝鮮半島の米軍を二個師団とも全部引いてしまえ」と言っていた。ホルブルックは、もし八〇年の大統領選挙で民主党が勝っていたら国務長官になる人だった。幸い共和党のレーガンが勝った。

七〇年代の終わりになって、これはちょっと危ないぞということになってきたところに、ソ連のアフガニスタン侵入があった。それで一挙に変わるのである。アメリカの公式政策も、ソ連がアフガニスタンに侵入した七九年の暮れで一挙に変わるが、その前から危ないという声は随分あった。七九年のアフガン侵入で、ブレジンスキーは「ソ連を見誤った」と言ったという。実際ブレジンスキーは醜態を晒したと言える。

 そこでアメリカ政府は、主要同盟国に軍事費を実質三%ずつ増やしてほしいと号令をかけるのである。ところが、デタントが長かったものだから、みんな社会福祉とか環境にお金がはまり込んで、なかなか出せなくなっている。それでも英・独・仏はちゃんと三年間増やした。ごまかした国もある。実質三%ずつ軍事費を増やすと、かなりいい武器も導入できる。それによって西欧の防衛は少ししっかりしてきた。

そのとき、西側が唯一使っていなかった「貯金」が、日本だった。それまで何もしていなかった日本は、七〇年代の終わり頃から九〇年代の初めまで、防衛費を毎年実質五%以上増やした。これは極東の軍事バランスにとっては大変な影響があった。

 私が防衛庁に行った十九七八年、永野茂門さんが陸幕長だった。永野さんに「北海道ではどうするのか」と聞くと、「勝つことはないが、負けない戦争をする」とおっしゃっていた。それが八〇年代の終わりに日米共同でネットアセスメントをやったら、日米の海空軍力でソ連の軍事力を日本海の中に閉じ込めるというところまできた。極東の軍事バランスは十年間で逆転したのである。

その間に、今は減らそうとしているが、P3Cを百機買ったり、F15を百八十機揃えた。通常兵力の近代海空軍力としては、イギリスより強く、アメリカに次ぐ大軍備をつくったわけである。

 その間、日本に在勤したアメリカの軍人、国防関係者は全部親日になっている。これは当然で、みんなエリートだから、NATOでいろいろ歴任して日本に来て、それからペンタゴンに行くというようにぐるぐる回っている。NATOなんか行ってもつまらないのだ。国が一五もあって、何をやろうとしても、何も決まらない。だから何か決めざるを得ないときは、レーガンがサッチャー、コール、ミッテランに電話して「何とかこれでいこう」ということで決めていた。司令官は会議に出ているけれども、何もしていない。ところが司令官四年、参謀総長四年と、日本にいる間に必ず新しい共同演習とか新しい武器導入が決まる。

そういう経験を通じてアメリカ人は驚いた。「日本というのは大変なものだ。どんな新しい武器でも使いこなして、その使い方は一級、アメリカと全く同じ。話せば全く信頼できるし、こんな信頼できるいい国はない。」

それがレーガン時代であった。あの頃に日米安保関係をやった人は全部親日になっている。それが結局、いまの親日政権の元になっている。

 アメリカの政治というのはきわめて党派的である。クリントン政権の初代国務長官だっがクリストファーは、その十二年前のカーター政権のの国務次官だった。クリントン政権初代国防長官のビル・ペリーも、十二年前の国防次官(技術次官)だった。つまり十二年経って元に戻っているわけだ。

レーガンとパパ・ブッシュの頃に働いた人間はブッシュ政権で帰ってきた。アーミテージをはじめとして、史上稀な、不思議なほどの親日政権ができた。したがって最初のブッシュ政権の間は、どんなことをやっても結局日本をほめてもらえたのだった。

 <九・一一>があって、まずアメリカはアフガニスタンに入って、そのときに自衛艦隊がインド洋に行くことになった。艦隊というのは旗艦を中心に編成される。イージス艦は旗艦だから、行くのは当たり前だ。

ところが、よく分からない理由だが、野中さんは「あまり目立つことをするな」と言った。日米同盟を強固にすべく、目立つことをするために行くのである。要するに野中さんは、自衛隊があまり目立つことをするのが嫌なのだ。山崎拓さんは、分かっているはずなのに、「俺は聞いてなかったから反対」。これもおかしな理由だ。そのようなことで半年間ぐらい、イージス艦は派遣されなかった。

クリントン時代ならこんなにぐずぐずしたならばすぐに批判されたかもしれないが、ホワイトハウスには我々の仲間の親日派がいて、「日本はいまだかつてないほどの貢献をしてくれた」と大統領の演説で強調してくれる。それはそうだ。いままで何もしていないのだから、何をやっても「いまだかつてないほど」になる。何をやっても日本をほめてくれる、勇気づけてくれるものだから、小泉さんもいい気分だ。それで日米関係は、ここ四年間は大変よかった。

 日米経済関係が最悪だったのは、クリントン政権の初めのころだった。あのときの交渉というのは無茶苦茶で、いまから思っても、日本を完全に潰す気だった。数値目標などできないことは向こうも知っている。知っていて無理やりに約束させようとする。それは何を意味するかというと、「約束して一年してもどうせ守れないから、そこで制裁する」という話だ。

日本潰しを救ったのが、一つはペンタゴンだ。政府は民主党ばかりだったが、ペンタゴンは昔からの親日派がたくさんいた。一番関係がひどいときに、例の「ナイ報告」というのを出させて、その中に「経済摩擦によって同盟の基礎をゆるがしてはならない」ということを書いた。これはペンタゴンの公式文書、すなわち公式見解だった。当時それを聞いたホワイトハウスが怒って、「そんなことを言ったら日本を脅すテコがなくなる」と言った。「安保条約を廃棄する、数値目標を呑め」いうくらいの勢いだった。思い出しても怖い。

実はバブルの崩壊が日本潰しを救ってくれた。アメリカ側に言わせると、「交渉を始めたとき、日本は八フィートの巨人だと思って立ち向かっていた。ところが交渉したら六フィートの男だった。交渉が終わる頃になったら五フィートしかなかった。こんなものは怖くない」。

アメリカはバブル潰しにもかなり噛んでいるが、それもあって、もう日本は怖くなくなったということで解決したという面はある。しかし裏で助けてくれたのはペンタゴンの軍事専門家たちだ。

 第一次ブッシュ政権でどういうことがあったか。国務副長官はアーミテージで、国防省ではポール・ウォルフォビッツが副長官を務めた。ウォルフォビッツはレーガン時代にアジア局長をやっていて、日本との関係が非常に深い人だ。国務省には、ケリー次官補(東アジア・太平洋担当=アジア局長)もいる。ブッシュ政権では、最終的に日本関係の文書を作ったり、何か言ったりするところは、ホワイトハウスのアジア部長、それから国務省のアジア局長である。つまりホワイトハウスのアジア部長と国務省のアジア局長が日本関係をやっている。

これをクリントン政権と比べるとどうか。クリントンの八年間は、両方とも一貫して中国スクールで、しかも親中派だった。日本に好意的な人はいなかった。ブッシュ政権第一期は、アジア部長もアジア局長も完全な日本派だ。

その一番の親分がリチャード・アーミテージである。

 四年前、つまりブッシュ政権ができる直前、「アーミテージ報告」というのが出た。これはアーミテージがジョセフ・ナイを巻き込んで「アーミテージ/ナイ報告」と称していた。アーミテージに聞くと、「政権にいない人間が集まってこれからの日米関係についての指針を書いたものだ」と言っていた。ごく最近、国務省の人とアーミテージ報告の話をしていたら、「あれはバイブルだ、日本関係をどうしようというということになると、すぐあれを引っ張り出して見る」と言っていた。

 アーミテージは、それを書いて政権に入ってしまう。そこで某新聞は、正面から「あの報告の内容はアメリカ政府の正式な方針か」と聞くのである。正式な方針といえないことを書いたからプライベートな報告にしたのである。「正式な方針か」と聞いたら、「あれは正式じゃない」という答えるに決まっている。その答えを貰って「アーミテージ報告は生きてない」と報じた。しかし、このキャンペーンはあまり効果がなかった。

 二〇〇一年、二〇〇二年はそのままだったが、二〇〇三年の初め頃からアーミテージが「日本は憲法改正したほうがいい」ということを、非公式な場で言うようになってきた。それがチラチラ新聞に出ても、別に「内政干渉だ」とか、「けしからんこと、よけいなことを言う」といった反応はなかった。二〇〇三年の暮れから二〇〇四年の初めになると、かなりはっきり言うようになった。日経、NHKとの公式記者会見もやった。それから一月に来日したときにプレスクラブでも演説した。

結局、「アーミテージ報告」で言いたいことは、「集団的自衛権を認めろ」、それから「憲法を改正しろ」ということだ。その目的は「日米関係を英米関係と同じようにしよう」ということだと言っていいだろう。 日本プレスクラブでも演説し、そのことを言ったが、別にそれに対して反発もなかった。それから今年の五月になって民主党の岡田氏が党首になってすぐに訪米し、そこでアーミテージに会ったときに、「日本自身がお決めになることだけども、国連安保理の常任理事国になりたいなら憲法を改正したほうがいい」ということをはっきり言った。

これはさすがに新聞で問題になった。というのは、日本は常任理事国入りをするつもりだから、その前に「憲法を改正しなければダメだ」と言われると困るから、それで新聞でかなり議論になった。しかしそのときの議論も「よけいなことを言うな」とか、「内政干渉だ」という議論はほとんどなかった。要するに常任理事国になるのであれば憲法改正をすべきなのかどうかという議論ばかりだった。そこまで見極めた上で、今度は八月にコーリン・パウエルに同じことを言わせた。

 そういうわけで、ずいぶん長い時間がかかったが、アメリカ政府の公式な見解として大っぴらに言ってもいいという形をつくった。アーミテージとか、ああいう人物にしても四年間かかっているのである。これは今後も言ってくれるかどうか分からない。よほど積極的な好意がなかったらそこまで言ってくれない。そんなことを言ったら相手の国から「内政干渉」とか、「よけいなことを言うな」と言う人が必ず出てくる。それをあえてあれだけはっきり言えるというのは、よほどの好意だ。

 第二次ブッシュ政権だが、私はアーミテージは引くのではないかと思っている。第一ラウンドはラムズフェルド、チェイニー対コーリン・パウエルという形で、コーリン・パウエルが敗けた。直前までは、「お互いにがんばっている」というニュースがたくさんあった。双方が「いつ辞めるんだ」と聞かれたら相手の名前を言って、「奴が辞めた翌日に辞める」と言ったとか、そんな話があるくらいだ。ところがコーリン・パウエルがさっと辞めて、ラムズフェルド、チェイニーはおかまいなしということだから、第一ラウンドではコーリン・パウエルが敗れた。

 私が聞いた話では、ブッシュはアーミテージが好きなので、国防長官あるいはCIA長官に就任させることを考えていたと聞いていた。しかし、いまの形だと国防長官は難しいと思う。ラムズフェルドを代えてアーミテージにするということは、やっぱりラムズフェルドが責任をとったという形になるだろう。それはできないのではないか。

アーミテージはコーリン・パウエルの子分だ。もともとブッシュ政権ができたときにアーミテージは国防副長官と言われていた。それをラムズフェルドが断っているのだ。そのときラムズフェルドとアーミテージの会談があって、それはかなり激しいものだったという。だからラムズフェルドとアーミテージはもともと仲が悪いので、それを交替させるというのは難しいのではないか。アーミテージの去就はかなり難しくなっている。

そうなると、何かまた少し離れて、あるいはコーリン・パウエルと組むか何かして、コンサルテーション・カンパニーをつくるとか、そんなことになるかもしれない。

 ただ、親日派がそれでいなくなるかというと、そんなことはない。ホワイトハウスでブッシュの演説を書いていたのがマイケル・グリーンだが、これをコンディ・ライスが大変可愛がっているそうだ。コンディ・ライスが引き上げて、今度国務省で使うのではないかという話もあるくらいだ。あるいはそのままホワイトハウスに残るかもしれない。

アーミテージの本当の子分のジム・ケリーは辞める。ジム・ケリーという人は、あまり意見のない人だ。人柄とアーミテージグループの中でただ一人お金の勘定ができる人だ。それでアジア局長をやっていたが、ジム・ケリーが辞めた後、トーケル・パトソンがどういうポストにつくか。これも問題がある。トーケル・パトソンがホワイトハウスから東京に移ったときに、ライスとよくないという噂があった。ライスがくると、その後また難しいかもしれない。

そういう点は、ちょっと難しくなるかもしれないが、今の流れとして、親中派がアジア政策の中心に帰ってくることは、ちょっと想像できない。親日政権は今後も続くだろう。アーミテージがいなくなっても、アーミテージ報告というのは国務省がバイブルだと言っているから、あの線は変わらないと思う。

変わらないというよりも、これはアメリカ外交の最も理想的な形である。旧大陸はドイツとかフランス、ロシア、中国といろいろな国がいて扱いにくいのだが、これに対して一番いい形は大西洋をはさんでイギリス、太平洋をはさんで日本とがっちり同盟を組んで旧大陸を扱うのが、アメリカの外交としては一番いい形だ。その路線はアーミテージが引いたわけだが、日本が嫌だと言わない限りは続けてくれるだろう。日本には、嫌だと言う理由は何もない。

ただひとつ問題になっているのは、第一軍団司令部を座間に持ってくるという話だ。第一軍団というのは、世界中に展開している米軍に対して指揮する権能を持っている軍団である。その長はフォースターかスリースター。今、在日米軍ほか第五空軍も、第七艦隊もトップはみんなスリースターだから、第一軍団がきてくれれば、その人が一番の上になるという感じになる。それをもってこようという話だ。

これに対して外務省が返事をしなかった。返事のしようもなかったのだが、ここ一年ぐらい前から言ってきているのに、もたもたしている。

 これは外務省の間違いだ。口実は安保条約第六条である。「日本の安全と極東の安全を守るために米軍に基地を提供する」と書いてある。そうすると「第一軍団の長というのは日本の防衛だけではなく世界的な防衛に関与している。そういう人が来ることは安保条約六条違反になる」という理屈らしい。そこまではっきり言わないが、「疑いがある」とか「議論の余地と」とか、何かそんなことをごたごた言っている。

アメリカは「戦略協議をしたい」と言っている。ところが日本側はいままでそういうことに向かない方が相次いで大臣になられたものだから、向こうから「戦略について語ろう」と言ってきても、トップ同士で語ることができないのだ。だから、みっともないから断らなければならない。そのひとつの口実でもあったのだろう。

要するに返事のしようがないから、「六条の問題がある」と言ってきたわけである、六条の問題というのは、「日本を守るために基地を提供する」と書いてあって、「日本を守る以外のことは何もしてはいけない」とは書いてない。泊めてやるから用心棒になってくれと約束した以上、ほかのことは一切してはいけないというばかな話はない。

だいたいそんなことをいまさら言う人は誰もいない。昔は社会党というのがあって、いちいち責め立てて返事を引き出した。社会党もいない今は、とどのつまり自問自答である。独り相撲をして自分でダメだと答えている。今は民主党の中の左側の人が、昔の社会党みたいなことを言っているが、そんなことをしていたら政権なんて絶対とることはできない。したがって、野党を恐れることはない。外務省の反応は明らかに間違いだ。もっとも外務大臣が代わったし、外務省の態勢も変わってきたので、来年ぐらいには修正されると思う。

 日米同盟とはどういうものであるか。

この一、二年、テレビに引っ張り出されるとその話ばかりだ。いわゆる反米論者という人が向こうにずらっと並んで、ああだこうだ言うのだが、何言っているのかよく分からない。結局、あの連中のいいたいことは、「アメリカの言いなりではないか、もっと日本は自立しろ」と言うことだ。一体何のために何をするのか分かっていない。政策は何のためにあるのか。日本国民の安全と繁栄を維持するためにある。日本国民の安全と繁栄を維持するのに一番いいのは何か。アングロサクソンと仲良くすることである。

アングロサクソンの世界支配は開国した三百年前から始まっている。その支配の時代のちょうど真ん中に日本は開国した。世界の海洋はアングロサクソンが全部支配している。その中に日本が開国して出ていった。アングロサクソンと仲良くしていれば安全で、繁栄して何も問題がない。離れるとひどいことになる。だからアングロアメリカンとの同盟が大事だという大上段の議論をした。

それでも反対している人に「あなたは日米同盟に反対か」と聞くと、誰ひとり反対ではない。聞くと、「とんでもない、私はそんなことは言っていない。私の書いたものをよく読んでくれ」と言う。よく読んでみる。すると「日米同盟反対」なんて書いていない。みんな日米同盟には賛成なのだ。ところが「反米だ」「反米だ」と悪口ばかり言っている。

 結局、「おまえの言うことは分かるけど、あまりにアメリカべったりではないか、もう少しアメリカから自立したらどうだ」と言いたいのだろう。それなら自立のために日本の安全とか繁栄を傷つけていいのか。論点がそこまでくれば話は非常にすっきりする。日本の安全にも繁栄にも何も関係しないところで、国連のどこかの決議でそういうのがあるだろうから、アメリカに反対して「俺はアメリカに反対した」と肩を張ればいい。そんなのは私だってできないことはないけども、そんなことをしている暇がないから勝手にやってくれという話だ。

 もっと分かりにくいのが韓国だ。いまの韓国の大統領なんて選挙のときには「アメリカ軍は出て行け」と騒いでいた。その頃私は「出て行ったら困るだろう」と議論したことがあるが、実際に政権ができて、アメリカが「出て行く」と言ったら、「嫌だ」と言うのだ。何を言っているのか、まったく分からない。

 今後、日米同盟をどういうふうにもっていったらいいのか。これについては、アーミテージと昔から同じ意見だ。理想的な形は、日米同盟を米英同盟と同じようにする。そうすれば日本の国民は、未来永劫ということはないが、半世紀や一世紀はいつも安全で、いつも繁栄していて、現在の生活を続けていくことができる。しかし、一度日米同盟を壊したらどうなるか分からない。

現在の平和と繁栄と維持するためには、日米同盟を強固にしていかなければいけない。日米同盟に反対する連中がときどき使う理屈というのは、「アメリカはそんなにあてになるのか。いつ日本を見捨てて中国と結ぶか分からない、信用するのは危険だ」と言う。かなりまともな質問だと思うが、それならば、日本の採るべき政策は明らかで、見捨てられないようにするしかない。

アメリカは強い国、超大国だから、いろいろな選択肢がある。日本の場合はアングロアメリカンと組んでいく以外に選択肢はないと、私は思う。アメリカは中国とロシアと同盟してもかまわない、中国だって日本の代わりにアメリカが同盟になってくれるといったら、こんなにありがたい話はない。喜んで飛びつく話だ。「アメリカは頼りになるのか」と言う人は、それを反米の理由に使っているのがおかしい。そういう心配があるのなら、とにかくアメリカを結び付けるために努力しなければいけない。それにはどういう方策が必要かということだ。

 年来言っていることだが、それはたった一つ、やはり集団的自衛権の行使であろう。集団的自衛権の行使を認めて、どこに行ってもイギリス軍がアメリカ軍と肩を並べている、ああいう形にしておいたら日本は全く大丈夫だ。将来にわたっても大丈夫だ。そこまでもっていきたいと思うが、集団的自衛権の行使を認めるべきだということを、私は十年来言ってきて、まだできていない。ただ、今度の自民党の憲法改正案の中にちゃんと書いている。自民党がそこまで踏み切るのなら、あるいは将来に希望が持てるのかもしれない。そういうことを言っている人も、決して少数でないということだから、少しは将来に希望をもっている。

Q 第二次ブッシュ政権のシリア、イラン、サウジ政策、さらには中国、北朝鮮政策はどういうものになるのか。

岡崎: シリアもイランも、具体的な政策までまだ行かない。その前にまずはイラク政策だ。実態としてもそうでだしイデオロギー的にもそうだ。米軍がイラクに入ったのは二〇〇三年三月二十日。その前の二月二十六日のブッシュ演説というのがあって、これはブッシュの大構想だ。ネオコンの思想が強く出ている。要するに、イラクでサダム・フセイン政権を除いて、平和で民主主義の国家を中東の真ん中につくる。そうするとみんな民主主義に抵抗できなくなる。モロッコからペルシャ湾を越えてイランまで、みんな民主化する、そういう壮大なる演説だ。それがネオコンの発想だった。ところが、ごたごたして、ちっともうまくいかない。

 ただ、その発想そのものは変わっていない。就任後のブッシュの演説でも変わっていない。イラクは中東の中心で、石油もたくさんある国だ。人口も多いし教育水準も高い、あそこに民主主義国家をつくって、それを中心に民主主義を中東に広げる、その考え方は残っている。ということは結局、イラクを安定させてから次にパレスチナ、シリア、イランへと拡大していく。

まずはイラクの見通しだが、私はわりあいに楽観している。楽観というよりも十月頃に戦局が変わって好転している。ケリーがもし勝っていれば、ケリーは大儲けしたと思う。ケリーが勝っていれば「ブッシュで負けた戦争を俺が勝った」と言えるようになっていた。もう十月の末頃から形勢が変わっている。

 一番ひどかったのは今年の四月から六月頃だったが、その話は省略する。九月になってナジャフを制圧して、その後でサマラを制圧して、その後でファルージャの制圧の準備をして、これを大統領選挙の前にするか後にするかということだったが、ファルージャ制圧も終わった。あとはサマディとか、そういうところの制圧が残っている。それはまたうまくいくかどうか、悲観論者に言わせれば、まだまだ分からない。

ひとつはアメリカで楽観論者が過去半年、あまりひどい挫折を味わったものだから、誰も楽観論を言う勇気がないのだ。みんな楽観論を言うのでも留保に留保を付けて、「ひょっとしたらダメだけど」ということをいろいろ言ってから楽観論を言う。しかし全体の流れは明らかに好転している。これでファルージャに避難民が帰ってきて、その面倒を見て、選挙ができるようになって、一月の総選挙が本当に成功すれば、戦争というのは勝てば官軍だから、去年の三月に遡って「アメリカのしたことは全部よかった。結局イラクに攻め込んでよかった」となる。

総選挙をやって、初めて投票所に行くのはみんなうれしいから、行列したりにこにこ笑ったりしている顔が世界中のテレビに映し出される。要するにアフガニスタンと同じだ。その写真を撮ることも可能だろう。そうすると、ある程度の成功というのは、一月に有り得るのではないかと思う。

 それに対する留保はいろいろあるのだが、ファルージャを攻めるときに少し前から分かっていたことは、とにかく一般民は全部避難しろということだ。そうするとそれに交じってテロリストが逃げるのだ。テロリストの作戦は、半分は残ってジハードの殉教者になる、半分は逃げて再起を図る。その計画はかなり前からアメリカは知っていたようだ。これは傍受でも分かるだろうし、内部からの情報もある。

それでも本拠を潰せばいいと。たしかに一カ所の武器貯蔵庫で武器を五万個発見した。それから、どこかの弾薬貯蔵所に弾を撃ち込んだら四五分間誘爆していた。だから花火工場の火事みたいなものだ。反乱側は本拠がなくなったから相当な打撃を受けた。ただ、再起を図って逃げ出した半分が今後どこでどういう悪さをするか、それがどのくらい効率的か、その問題はある。

 一月に成功すると、世界経済に影響がある。石油の値段が高いが、あれはほとんどぴったりイラクの戦局によって左右されている。今年の二月はイラクの石油生産、電力生産、全部戦前の水準に戻った。イラクというのは石油さえ出ればいい国だからどんどんよくなると、みんな思っていた。その頃は石油も安くて株も高かった。それが四月、五月、六月でひどいことになって、九月の段階で石油の積み出しが今年最低だと言っていた。パイプラインや石油施設がテロでやられるのである。

 そのとき思い出したのは日本がシベリアに出兵して最後の頃のことだ。シベリア出兵の兵隊の主な任務はシベリア鉄道を守ることだった。しかしロシアのパルチザンが出てきて、一番ひどい日は一晩で五十カ所爆破された。日本の工兵隊がいくら直しても追いつかないという状況になっていた。

今年の夏のイラクがそれに近い状況だった。テロがなくなってくると石油が出てくる。石油さえ出ればイラクというのはすぐ落ち着く国だ。テロも大統領選挙前に一生懸命やるのは分かるし、それから今度の一月の選挙の前に一生懸命やるのも分かるが、それを超えてまたずっとテロを行うことが有り得るかどうか。少なくとも下火になると思う。下火になってきて石油がどんどん出てくると、石油価格が下がるし、石油が下がると商社は儲からないが、アメリカ経済、アジア経済全体にとっては必ずプラスになる。だから私は五割以上の見通しとして来年春以降、かなり政治も経済もいい状況になるのではないかと見通している。

 そうなったところで今度はパレスチナ、そしてイランとシリア、それからサウジアラビアの問題となる。

簡単なところからいうと、シリアは大丈夫だ。シリアは強くないから、強く言うとすぐ引っ込む。アメリカがイラクを占領した二〇〇三年の四月、そのすぐ後にコーリン・パウエルがシリアに行って、いろんな条件を出して「おまえ呑め」と言ったところ、全部呑んでいる。しかしその後どうもイラクの状況が収まらないから、ちっとも守っていない。今度もまたアメリカが厳しく言うと、謝って「守ります、守ります」と言っているが、また様子を見ている。イラクさえ収まれば、アメリカがシリアに向かって何か言って抵抗する国ではない。

サウジアラビアは日本も関係があるので一番心配されている。しかしサウジアラビアの危機はもう乗り切ったと思っている。サウジアラビアの危機は二回あって、イラク侵攻の前にあった。アメリカがサウジから出撃しようとしたら断って、アメリカはかなり怒った。ちょうどその頃プーチンがアメリカに擦り寄っていて、「サウジなんか心配ない、石油はいくらでも俺のところから出す。積み出し港の容量を拡大する」とか言って、ロシアがサウジの代わりになると、言っていた時期がある。それが二〇〇二年の夏頃だ、その頃はもうサウジを潰せという議論がペンタゴンで強まっていた。

ところが秋になってコーリン・パウエルが国連の安保理決議を通そうとして根回ししていたら、ドイツとフランスが反対してプーチンもそっちについた。それで米露関係が冷却したら、サウジがその隙に、「戦争が始まったら俺のところは毎日一五十万増産してやる。兵隊は出させないけど石油は心配するな」という言い方をしてアメリカ、サウジ関係がよくなり、これで最初の危機はなくなった。

 その次の危機は、四月にイラク占領が成功してアメリカは公然として政策として「イラクを民主主義にして中近東全部民主化する」と言った。これにサウジは困った。やっぱり少しは民主化しなければいけないかなということになって、アブドゥラ皇太子がそのようなことを言った。これが危機だ。あの国は民主主義なんかやったらとても持たない。

私のいる頃からだが、お金がたくさんあるものだから学校をたくさんつくって、贅沢な教育をしている。全部無料だし小遣いをやって、しかもあの頃は学校を出て仕事をしなくて食べていけた。教科のうちの半分ぐらいが宗教教育だ。それがファンダメンタリズム教育なのである。数学も英語もろくにできないでファンダメンタリズムの宗教だけしている。それが今の二十代、三十代、四十代、全部そうだ。こんなところで選挙をやったらホメイニ政権ができる。それで「いったいサウジはどうなるのだろう」と言われたのが去年の夏頃だ。

ところがアメリカのイラク政策がちっともうまくいかないので、みんな安心して「これは大丈夫だ、民主化しなくても怒られることもない。様子をみろ」ということになって、民主化、民主化に力を注がなくなった。サウジは民主化しなければ安定する。だから、サウジアラビアは安定していると思っていい。

 イランはどうか。これがいまアメリカの国内で侃々諤々とやっている。イランは今のところ、何も悪いことはしていない。要するにIAEAの規則を守りながら原子力の平和的開発をしている。日本と同じだ。日本だって、もし核武装しようと思ったらできる。再処理もやっている。平和的に、オープンにやっているから咎められない。イランはIAEAの言うとおりきちっとやっているが、他方、政治家が「イランは核武装する権利がある」と公然と言う。それから隠れて何かやっているらしいという情報がチラチラと出てくる。だけどいくら隠れてやっているといっても、まだまだ北朝鮮のレベルに比べたら十年から二十年遅れている。今すぐ慌てることもないが、やっぱりウソをついているのはけしからんと、そういう話になってくる。

 ここではイギリスが独・仏側について、英・独・仏でイラン政府と話して、一応濃縮ウランの製造は凍結するということで手を打とうとしている。もうそれしかないと私も思う。いまイランと戦争できるはずがない。イランというのは何千年の歴史のある民族国家で、非常に愛国的だし、内部の世論調査でも、イランが核を持つことをイラン国民は誇りに思うという回答が多数を占めている。これをアメリカが潰しにくると言ったら、イラン国内の民主勢力も含めて反発する。あそこはやっぱり七千万いるから、正面からということはあり得ない。

といってアメリカは今のところ英・仏と強調しようというところまでは降りていない。結局アメリカは英・仏にやらせてお手並み拝見で静観している。それしかない。それが現状だと私は思う。

 北朝鮮問題については、大統領選挙の前にブッシュ、ケリー両候補がテレビ討論をやったときに話題になった。それまで北朝鮮問題というのはほとんど議論してこなかった。そこでケリーがブッシュの北朝鮮政策を批判した。そこから始まって二人で十分ぐらいやった。それで初めて民主党と共和党の北朝鮮政策のアウトラインが見えてきた。

民主党の政策はペリーが言っていることと全く同じだ。ペリーというのは元国防長官で、九四年の米朝交渉をまとめて、九九年にまた米朝交渉をやってそのときもまとめて、そのときはテポドン発射の凍結まで約束させた。二回交渉して二回成功している。ところが、その間、ひそかに濃縮ウランをやっていたから「全部だまされたではないか」と共和党は怒るのだ。要するに二国間で話し合えば何か話し合いがつくというのが民主党の政策だ。

北朝鮮問題をやっている人間はアメリカでもそんなにいないから、九四年と九九年にペリーの下で交渉した人間ばかりだ。だからニューヨークタイムズとか、そういうところにいろんな論説が出ると、全部ペリーの子分だ。それは「二国間の話し合いをすれば話しがつく」と趣旨だ。

 それに対してブッシュの方は「二国間の話し合いをして『決着した、決着した』と言って、そのたびにだまされているではないか。だから六カ国協議でやる」と言っている。二カ国でやれば妥結する可能性はある。北朝鮮がやっているのは“切り売り”だから、ちょっと譲歩してその分だけ油をもらうとか、お金をもらうとか、そういう話なら話に乗る。だから、お米二十五万トンもらえれば被拉致者八人返すと、これは分かりやすい話で、何でも切り売りだ。そういう取引は、北朝鮮はすぐできる。だから今度は難しい。十人の身元とか、経緯を全部言えと言っても、どれだけ言ったら日本が満足するのか分からないから、なかなか切り売りにならない。今の交渉は北朝鮮にとって難しい。

今でも、核をプルトニウムだけでなしに濃縮ウランも含めて認めてしまって凍結して、凍結の代わりにカネか油、米をくれと、そういう取引はいつでも成立する国だ。それを民主党はやると言っている。共和党は多数国でやる、多数国にしたらみんな原則論だけ言って取引できないから、まとまるわけがない。そこがミソだ。

 では、いったい何をする気なのかと言うと、これは公式には言っていないし、言うべくもないことだが、北朝鮮の崩壊待ちだ。陰でみんな言っている。「こんな奴を相手にするな。どうせ潰れる国だから崩壊するまで待とう」と。例えばものすごく厳しい条件を提示する。つまり「徹底的に全部見せて、それも徹底的に破壊して、破壊したところまでちゃんと見せろ。そこまで全部やるなら何でもしてやる」という条件を提示したとしても、北朝鮮は呑まない。だから事実上解決しないということだ。今のブッシュ政権は北朝鮮の崩壊待ちと考えていい。

 中国。アメリカの場合、中国というよりも台湾政策だ。これがどうなるか分からない。十二月十一日に選挙がある。これで台湾の民意がもうひとつはっきりしてくる。アメリカはデモクラシーの国だから、台湾の民意というものが大きく動いたら、それに反対できる国ではない。

ただ、経緯からいうと、コーリン・パウエルが何か中国と仲良くなってしまった。口癖のように「過去三十年、つまり国交正常化以来、米中関係はいまが最善だ」とか「台湾は主権国家でない」とか、中国の喜ぶことをかなり言うのだ。どういう理由か分からない。やはりコーリン・パウエルはナイーブなのだろうか。

中国はかなり資質の優れた人間が上にいる。だから会って話していると、立派な人間と話している感じがする。「これは語るに足りる相手だ」という気になってくる。

さて、今度はコーリン・パウエルがいなくなってコンディ・ライスになる。五年近く前にコンディ・ライスが共和党の外交政策について「中国は戦略的パートナーではなく戦略的競争者である」と厳しく書いている。これとコーリン・パウエルが言っていることはずいぶん違う。コンディ・ライスは就任早々新聞記者から質問攻めにあって、「あれはいまでもおまえの意見か」と聞かれるだろう。それから中国は、あらゆる機会をとらえてコーリン・パウエルが言ったことを、もう一度コンディ・ライスに言わせようとする。それもだいたい分かっている。それをしのぐ気があるのか。むしろ、そこが見所だ。

Q アメリカと仲良くやっていく一方で、アメリカを引っ張っていくという意識は日本としてもっていくべきではないか。アジアの国から見たときに日本とアメリカと中国の関係はどのように写っているか。

岡崎: アジア情勢というのは先がなかなか読めない。ヨーロッパはあと十年、二十年しても、そんなに変わらない。二十年して、せいぜいウクライナがNATOに入っているかどうかというくらいの問題だ。アジアは中国がどうなるか分からないし、台湾環境もどうなるか分からない。朝鮮半島も本当に分からない。統一するかどうかも分からないし、統一する朝鮮がどっちを向くか分からない。アジア情勢というのは独立変数が極めて多い多次元方程式だ。だから解くのがたいへん難しい。

ところが、その多次元方程式は、日米同盟がしっかりしていれば、実は大したことない。日米同盟の変数がやたら大きい。軍事力からいったら日本とアメリカの共同軍事力は、今のところ集団的自衛権が行使できないものだから、日本はゼロに計算されているが、両方一緒に計算したら中国なんか全然問題にならない。

 それから経済力は、あの辺の国が必要とするマーケットだろうと資本だろうと技術だろうと、それは日米を合計したら断然大きい。そうすると、かなり複雑な方程式でも、圧倒的に大きい値が安定したら、ほかの数値がどう変わろうと大したことはない。

それで私は、ある時期から覚悟を決めて「日本の対中政策をどうするか」と言われたら、「日米同盟を強化することだ」。それから「統一朝鮮政策をどうするんだ」と言われたら、「日米同盟を強化することだ」と答えるようにしている。日米同盟がしっかりしていれば、朝鮮半島が一応資本主義をとっていたらこれから離れられない。中国だって日米同盟が軍事的にも本当に両方の数字がぴったり合うぐらい強ければ、とても衝突できない。したがってどんな設問に対しても、日米同盟を強化していれば大丈夫というのが私の返事だ。そのためには集団的自衛権だ。集団的自衛権を行使できないために日本がどれだけ損しているか。

冷戦時代にソ連海軍が強力になってきて、その頃中東でもごたごたした。第七艦隊はシーレーンを守っていた。あれはものすごく辛い勤務だ。昼間は甲板で外を見ているから四、五十度になる。夜も海水温が高いから冷えない。それを毎日毎日勤務して、通る船が全部日本のタンカーだと、第七艦隊が「どうして日本は守ってくれないんだ」ということになる。日本は出て行かなかった。出て行っても集団的自衛権を行使できないから、日本の船は守れるけども、アメリカの船やインドネシアの船は守れない。

もっというと、日本の船なるものはない。ほとんどパナマ船かリベリア船だ。「パナマ船かリベリア船を守ると集団的自衛権の行使になるか」と問われたことがある。答えは「集団的自衛権の行使になる」である。そうすると誰も守れない。

冷戦のときに日本が海上自衛隊を出していれば、シンガポール、コロンボに寄港しても、日本の海上自衛隊というのは規律正しいし、日本の水兵は悪いことをしないから評判はよくなる。あの頃なら中国を含めて全員大賛成だ。ソ連がカムラン湾で艦隊を持っていたからである。中国はソ連からいつ攻撃されるか分からない状況だったから、みんな賛成だった。あのチャンスをみすみす逸した。あれをやっておけば、日本の軍事力というのは東南アジアにとって非常に頼りになるものとしって認知されていた。

 現に一九八九年に防衛庁長官がタイの総理に会ったことがある。ちょうどその頃初めて中国が南シナ海に出てきた。タイの総理が「中国が出てきてうるさいから日タイ合同で海軍演習をやりましょう、抑えになる」と言われた。ところが日本は何も返事をしない。あのときパトロールして、それもやっていれば、東南アジアは今や日本頼りだ。それを何もしていないものだから、中国がFTAやろうと言うと、何も内容がなくてもみんな「はい」と言って言うことを聞く。日本は東南アジアにあれだけ長い間投資しても、安全保障で何もしていないから、足場が何もない。

せめて今度の改正で武器輸出三原則の中で中古の監視船とか哨戒艇を東南アジアに売れるようにする、それを使える技術訓練もするべきだ。名前は海賊対策だが、あの辺のシーレインを守る仕事に日本ががっちり入れれば、それだけでも随分違う。ところがそれをいま、公明党が邪魔している。

日米同盟を固めること、それから集団的自衛権を行使できるようにすること、日本が安全保障の面で頼りになる国となること。そうなれば、おのずから東南アジアは日本の実力を認めてなびく。

Q 日本の外交姿勢は、いかにも腰が引け過ぎていはしないか。中国原潜の領海侵犯問題でもおっかなびっくりというか、とにかく問題を大きくしないようにという対応だ。尖閣や靖国問題もそうだ。決して喧嘩腰でやれとか、戦争を起こせとか、そういうことを言っているわけではないが、情けなくて、イライラが募る。

岡崎: おっしゃるとおりだ。しかし、スカッとしないお返事を申し上げるよりしようがない。本当にまだるっこいなと思うことが多いが、それでも若干よくなっている。ほんの二十年前なら共産圏、中国とか北朝鮮とかロシアの悪口を言う者は右翼反動軍国主義者であった。特に新聞なんか全部そうだった。逆にそれと仲良くしようというのは平和主義者であった。それがだんだん良くなってきた。しかしいまだにそういう手合いがいるということだ。

それは外務省だけではない。新聞、NHK、まだまだいる。NHKの報道を聞いていると本当にひどいのがある。外務省でも何となくそういう考えをもっている人はいる。かなり少なくはなっているが、何かのときに足を引っ張る、コンセンサスで動けば結局今までどおり何もしないほうがいいという、今までどおりで事なかれがいいという人が拒否権を使えば、これは押さえられない。

 そういう人が、いつなくなるか。世代論になるが、五十五から六十前ぐらいの全共闘世代がまだ各企業、政府のトップにいる。別にそのジェネレーションの人が全部悪いのではないのだが、そのジェネレーションの中にはそういう人がチラチラといる。世代交代に期待するしかない。―というはっきりしないお話で申し訳ない。



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