非常識ぶりが際立つ最近の中国
放置すればさらに拡大の恐れも

(2005年4月6日付産経新聞日刊【正論】掲載)

岡崎久彦

≪書簡公表の背後に脅迫も≫

 台湾の財界人、許文龍氏は、「両岸は一つの中国に属しており、反国家分裂法を支持する」旨の書簡を公表したという。台湾紙・聯合報によれば、書簡の文面も公表日時も中国が許氏に指定したという。

許文龍氏については、昨年の台湾総統選の際に現地法人の幹部が拘束されたなどのハラスメント(嫌がらせ)があったという報道があったが、今回の事件については真相は不明であり、あるのは伝聞ばかりである。許文龍氏は自宅に引きこもって、誰とも連絡が取れないという。

 伝聞によれば、現地の幹部の人命にかかわると脅迫されたとか、ハラスメントの下では他社と競争できない状況もあるらしい。

 主観的判断ではあるが、私が確信を持って言えることは許文龍氏は口が裂けてもこういうことを言う人ではないということである。文章は自分で書いたはずはない。誰かが書いたものに署名を強いられた、としか考えられない。その点、聯合報の記事は正しいのであろう。

 またいくら脅迫されても、それが彼一人の問題ならば署名する人でもない。おそらくは部下の人命にかかわる問題であったと想像される。それは断腸の思いであったのであろう。

≪日本にも他所事にあらず≫

 私は昨年六月のこの欄で同じ問題を取り上げた。そこで私は、中台経済交流が進展して、おのずから統一が実現するという仮説に疑念を呈した。歴史上、経済的考慮が一国の安全保障や、まして独立に優先した例というのは(その反対の例はいくらでもあっても)ない。

 ただマクロな政治と経済の関係でなく、もっと低級なレベル、不公正慣行のレベルでは、政治的理由による経済的脅迫やハラスメントはあり得る。そこでは、政治と経済は深い関係を持つことになる。

 しかし、それは国際的経済関係においては、違法あるいは少なくとも不公正な行為であり、国際社会が繰り返し公然とこれを咎(とが)めて、そういう行為を是正せしめるべきだ、ということであった。

 同じころ、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、中国に対して、民主主義を理解せよとまで言わなくても、せめて資本主義ぐらい理解してほしいといって、許文龍氏に対するこのビジネスのルールの違反を批判している。

 私は、昨年の時点で台湾の政府は、これを厳しく取り上げるべきだったと思う。少なくとも国際世論、あるいは世論以前の問題として、世界の常識は完全に台湾を支持したであろう。それは、現在の事態を未然に防ぎ得たかもしれない。

 これは日本にとっても他所事ではないかもしれない。総理の靖国参拝という日本の国内事項と、国際的入札との関係をほのめかしたり、中国と取引のある財界を通じて総理に圧力をかけようとしたり、最近の中国の行動は目に余るものがある。

 これを咎めないで放置すると、それがさらにエスカレートする恐れがあることは今回の事例が示している。

≪採択直前まで内容秘密に≫

 最近の中国のやり方には疑念を抱かざるを得ない。反国家分裂法の内容を、採択の直前まで秘密にしたのは非常識である。

 理由を聞くと、事前にいろいろ批判があるといけないから、と平然という。法律の原案について、皆が十分に検討討議するために議会である全人代があるのではないか。国民の議会にその精査の機会を与えないというなら、法律にする必要はない。単に行政命令にすればよい。

 そもそも、ふだんから声明では何度も言っているようなことを、行政命令と同じような法律にしてみて、何の意味があるのだろうと思う。

 今回も、誰が見ても許文龍氏が言うはずがないことを書いて署名させて何の意味があるのだろう。中国のイメージを傷つける効果しかない。

 なにか、最近は、普通の常識ある行政当局者がすることと違うことを強行する雰囲気が中国政府内に存在するような印象を禁じ得ない。

 最後に許文龍氏に対しては深い同情の念を表明申し上げる。もしなにか慰めの言葉があるとすれば、脅迫あるいは強制による発言は法的効力がないということである。

 法的効果はともかく、誰もそれが許文龍氏の真意であると思わない。さらに言えば、明らかなウソはウソでない、という人類の言語の一般法則があるということである。つまり、今回の書簡は誰にも許文龍氏のインテグリティ(人格)に疑いを抱かせていない、ということである。

(了)



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