女性天皇論議は早すぎはしないか
典範改正で自縄自縛に陥る恐れ

(2005年3月20日付産経新聞日刊【正論】掲載)

岡崎久彦

≪揺らぎない国民との関係≫

 女帝論について賛否両論が交わされている。

賛成論は基本的には男女同権論である。またヨーロッパの王室には女帝制度が確立されており、日本もそれでいいのではないか、ということも一つの論拠となっている。

 反対論は日本の歴史的伝統尊重論である。

 伝統といっても、日本の歴史には女帝もあったという反論に対しては、過去八人十代の女帝は、いずれも男系の女子で次代の男帝が成人されるまで、男系の血筋が途絶えないようにという目的で即位されたものであり、したがって、寡婦か独身であって、男系男子の原則が日本の歴史的伝統であるという考え方である。

 そして、その背後には日本の歴史始まって以来の伝統のある天皇制を、現代だけの感覚で弄り回して、伝統を傷つけることはないだろうか、天皇制の将来を危うくしないだろうかと言う危機感があるようである。

 私は、昭和と平成の変わり目のころは、いろいろ無責任な議論が横行した中で、天皇制の将来を憂いて、おこがましくも一、二、私の意見を書かせていただいたことはあったが、その後、平成の時代となっても、皇室と国民との関係になんの揺らぎもないのを見て、もう何も申し上げることはないと思っている。その感じ方は今も変わらない。

 それだけに、今回の女帝問題の論争でまず直感的に思ったことは、まだこの議論をするには早過ぎるのではないか、ということである。つまり、まだ継承順位におられる男性皇族が多数おられるのだから、切羽詰った問題ではないのではないか、ということである。

 これでは問題の先送りであり、せっかく真面目に議論されている方々に悪いかなとも思うが、他面考えてみるとそれが本質論なのかもしれない、と思うにいたっている。

≪非常事態もその都度解決≫

 歴史上、女帝しかないと決めるに至った経緯は必ずしも記録されてはいないが、それぞれ内部では相当な事情があり、相当な議論があったものと思う。

 男系であっても、武烈天皇の後応神天皇五世の孫といわれる継体天皇が即位した経緯については内乱説もあるぐらいで、尋常の継承ではない。その時々の事情に応じて、その都度例外的な決定をしているのである。

 記紀ができたころの律令法典が、天皇の子の親王から第四世までは王という規定を改め、第五世にしたのは、継体天皇即位の歴史的事実を正当化するためであったと推測されている。そんな昔でも法律まで変えているのである。

 いずれにしても、従来の規則または慣習にない非常の事態に対する非常の措置であり、日本の歴史はその都度それを解決して、世界に類のない史上唯一の皇統という伝統を守ってきたわけである。現在予想されている事態も非常の事態である。

 皇室典範の規定は、男系男子が絶えた場合、天皇制が滅びることを想定したものでは絶対にあり得ない。

 戦後は皇族の数が減ったという事情はあっても、戦前でも理論的には同じ事態はあり得た。ということは、非常の事態に際しては、超法規的措置をとることが前提の法律であるといえる。

 今提案されている女帝制にせよ、皇族の養子制度にせよ、切羽詰ればおのずとそれしかないとうことにならざるをえない。それならほうっておいても良いという考え方もありうる。

≪前もって決めない利点も≫

 もし今から何らかの制度をつくるとすれば、皇室典範第一条にただし書きを添えて、もし男系男子の継承権者がいないことが明らかとなった時点で、皇室会議で代わりの案を考慮するとしておくだけでよいかもしれない。

 それは当然に、女帝をも意味するし、また旧皇族の男系男子でも良いことを意味する。

 こういうことは前もって決めない利点もあるかもしれない。正統性が疑いない時は、個人の資質は関係ないが、正統性が薄くなるほど資質が関係してくる。

 旧皇族の中に、誰もがこの方なら、という方が現れるかもしれない。その場合、規則を決めておかなかった方が良かったということもありうる。

 あとは、一つつけ加えれば、皇嗣の決定を審議するに際して、「日本の歴史と伝統に従って」の語句を挿入することは必要であろう。考えてみれば、それが日本民族が過去十数世紀、行なってきた慣例であり、伝統である。

(了)



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