岡崎久彦
三月の台湾総統選はただの選挙ではない。そんなことは台湾の本土統一が悲願である中国の立場で考えればすぐ分かる話である。
国民党は統一志向、民進党は独立志向である。外省人を中心とする国民党は、戦後半世紀の既得権益、機構の上に立って、いまだに強力であるが、大多数の人口を占める台湾人の意識が漸次覚醒(かくせい)してくるにつれて、早晩、国民の支持を失うことは自然の流れである。
とすると、中国と統一派に残された唯一のチャンスは、次の総統選で国民党が政権を奪回し、その任期中に、統一路線を後戻りできないように確定することしかない。そう考えると、今度の選挙は普通の議会民主主義の選挙ではない。普通なら、民進党が今回敗れれば、四年後の選挙で勝てばよいのであるが、そういかないかもしれない。
もちろん国民党は、選挙中はそんなことはおくびにも出さないし、また現にそこまで考えていないかもしれないが、客観的見通しとして、いったん政権を取れば、そういう成り行きとなる可能性は大きく、それは台湾の民主主義の終焉(しゅうえん)を意味しよう。
今のところ選挙の見通しは予断を許さない。この前の選挙で油断して敗れた国民党側は、統一候補を立て、昨年半ばまでは圧倒的優勢を維持したが、
台湾人の民族意識の覚醒によって、両党の差は接近して、まさに五分五分の接戦となっている状況である。
そこで今回の問題が起こった。民進党側は、総統選挙と同日に、台湾の安全保障に関するレファレンダム(公民投票)を行うことを考えた。たしかに常識から言えば突飛であり、露骨な選挙対策といえるが、今回の選挙の特殊性を考え、また、もともと多数である台湾人の票を得るには、その台湾人意識を掘り起こすのが正攻法であると考えれば理解できるし、また、選挙目当てで種々の強引な政策を実施するのはどの国でも見られることであり、法律に違反しない限り部外者がとやかく言うことではない。
中国側の困惑は想像に余りある。八年前の総統選ではミサイルで脅して逆効果だった。そこで今回は米国を通じて圧力をかけて公民投票をやめさせようとし、米国は十二月の温家宝訪米に際し、公民投票を批判する声明を出した。これについては米国内でも支持の声はほとんどなく、米紙ワシントン・ポストは「ブッシュの叩頭(こうとう)外交」と題する社説で批判し、米国が民主国家側でなく独裁国家側についたと嘆いた。
ところが驚きはここで終わらなかった。サンフランシスコ条約以来、台湾問題には関知しないとの立場を堅持し、まして台湾に内政干渉がましいことは一切しなかった日本が、国交もないまま公式チャンネルを使って公民投票に懸念を表明したのである。
日米それぞれ釈明している。日本は内政干渉の意図はないが、極東の安全への影響に懸念を表明したもので、北京にも同時に懸念表明したと言い、米国は「現状を変更する公民投票」に反対しただけだと言っている。
問題は説明ではなく結果である。結果として日米両国の意思表明は、陳水扁の支持率にマイナスの影響を与え、また公民投票という選挙用の武器の今後の効果を減殺したという点で、来るべき選挙を前にして台湾の内政に介入した効果があった。
不思議なのは、日米いずれの政府も陳水扁の落選や国民党の復帰、まして台湾民主主義の将来を危うくすることを誰も望んでいるわけではないということである。しかし、日米は結果として中国の意向に沿って内政干渉し、意図しないで中国が期待した通りの効果を生み出しているのである。
さて今後はどうすべきだろうか。日本はもともと陳水扁の落選を求めてやったことではないと考えれば、日本の政策の中立公正を示すためには、選 挙まであと二カ月の間に今回与えた打撃の償いができればそれが一番良い。それが無理でも今後引き続き陳水扁に打撃を与えるような干渉は厳に慎むべきである。
今回、台湾側は公民投票の内容を若干手直しした。今回、これにコメントを差し控えれば、前回は前例にない介入をしただけに、今回は暗黙の支持ともいえる。中国は今後とも必死になって陳再選阻止の手を打つであろう。それは中国として当然である。しかし、日本は既に一度は中国に付き合った結果となっているのだから、今後は厳正中立の態度を取るのが正しい。
(了)